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『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』 - 本と料理で、お客様の人生を見つめ直す

ネットで本を買う人が増えている昨今ですが、リアル書店の魅力にも捨てがたいものがあります。買いたい本を探し求め、ついに巡りあったときの喜びはひとしお。内容や構成を確かめたり、本の装丁を楽しんだりしたうえで、買うかどうかを決めることができます。探す過程で、ほかの本にも関心が呼び起こされることもまれではありません。いずれも、リアル書店の利点ではないでしょうか! 同じように本を手に取ってみることができる本屋のなかには、「古書店」という業態もあります。例えば、新刊では手に入らない場合、より安い価格で買いたい場合、過去に出版された本をチェックする場合など、古書店(もしくは古本屋)のお世話になる人もきっと多いことでしょう。では、以上のような「本を買う立場」から見た本との接し方とは逆に、「売る立場」から考えてみると、どのような世界・風景が見えてくるのでしょうか? 新刊書店ではやりにくいが、古書店であればこそできる顧客へのサービスとは、いかなるものなのでしょうか? 今回は、二つの作品を紹介するなかで、新刊書店とはまた異なった古書店(古本屋)の魅力・存在感と、「本の持っている力」について考えてみたいと思います。

古書店を扱った作品」の第一弾は、里見蘭『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』(だいわ文庫、2016年)。カフェのなかに古書店を併設する「古書カフェすみれ屋」が舞台。オリジナルで、評判の良い料理を提供するオーナー店主・玉川すみれと、客の要望にまさにぴったりの、悩み事の解消に結び付くヒントが盛り込まれた本を薦めてくれる古書店店長の紙野頁(よう)のコラボレーションが実に見事! 「本を読まなくても、人間は充分幸福に生きてゆける。でも僕は信じてるんです。たった一冊の本が、ときには人の人生を変えてしまうこともあるって」。紙野の言葉が心に響きます。「古書カフェすみれ屋」シリーズ(全3冊)の第1作目です。

 

[おもしろさ] 新刊書店とは異なり、古書店では……

勤務先である中堅の書店チェーンできわめて優秀な書店員として評価されていた紙野。ある日、修業のために同じ店でアルバイトをしていたすみれの「ブックカフェ」を開きたいという話を聞くことになります。そして、即座に、「その書店部分を自分に任せてほしい」という提案をするのです。なぜかと言うと、自分自身の本に関する膨大な知識と見識を駆使し、悩みや課題を抱えている人に対して、最もふさわしい本を薦めることで、役に立ちたいという思いを持っていたからです。そのためには、新刊書店よりも、むしろ古書店の方が適していたのです。では、両者のどのような違いが意識されたのでしょうか。第一に、新刊書店に参入するには、壁が高い半面、古書店への参入障壁はかなり低いのです。第二に、新刊書店では、常に新しい本を並べる必要があるので、流れが速くなりすぎ、置いておける本が限られてしまいます。それに対して、古書店では、「書店員が売りたいと思う本だけ売ることができる」という大きな利点があります。

 

[あらすじ] 紙野が薦める本がお客様の悩みを解決する! 

3年間、修業(接客・料理・仕入れなど)と準備に費やしたのち、玉川すみれ36歳がオープンさせた「古書カフェすみれ屋」。二階建ての古い木造家屋の一階部分を改装し、二階はすみれの住居になっています。店の奥、およそ5坪の空間が古書店のスペース。そこにおかれた本は、売り物なのですが、すみれ屋のお客様は、無料で閲覧できます。運営は、紙野頁31歳の裁量に任せられています。彼は、かつて新刊書店の正社員として働いた経験を有し、いわば「カリスマ書店員」だった人物。本のことなら、どんなリクエストにも応えられる力量の持主なのです。物語では、紙野が薦める本を読んだお客様が大きな変化を経験していく様子が浮き彫りにされています。では、どんな客がどのような悩みを抱え、それを紙野とすみれがどのようにして解決していくのでしょうか?