経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『永遠の旅行者』 - どの国にも居住せず、世界を渡り歩く

「税金を扱った作品」の第二弾は、橘玲『永遠の旅行者』(上下巻、幻冬舎文庫、2008年)。納税は国民の義務なのですが、唯一の例外は、「永遠の旅行者」(PT)になることです。永遠の旅行者とは、どの国の居住者にもならず、合法的に一切の納税義務から解放された人々のことを意味します。本書は、ハワイを仮の住まいとしている、元弁護士で「永遠の旅行者」でもある真鍋恭一の悪戦苦闘ぶりを描いた作品です。

 

[おもしろさ] 税金を払わず、息子ではなく孫娘に財産を譲る! 

真鍋恭一は、28歳のとき5年間務めた大手法律事務所を辞めてしまいます。日本を離れて3年。いまは世界のどこにも住所を持っていません。「ハワイを拠点に、東南マジア、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、南欧など、海の見える土地をめぐる終わりのない旅」を続けています。そんな真鍋が依頼されたのは、150億円もの債務を抱えている息子の麻生悠介50歳ではなく「16歳になる孫娘に財産のすべてを譲ること」と「日本国に一円の税金も納めないこと」という、いささか「薄気味悪い」ものでした。本書の魅力は、その難題といかに格闘し、しかも「永遠の旅行者」であるがゆえに考え出せたスキームに基づき、かつ合法的に依頼主の要望を実現させていくまでの過程を描いている点につきます。

 

[あらすじ] 引き受けるが、法に反することはできない! 

ボストンの実業家が所有するハワイ島コナの別荘地。「ビザ免除でアメリカに入国する場合、滞在期間は90日以内と定められており、年間の総滞在日数も180日を超えることができない」というルールにより、その一角にあるコテージを短期で借りている真鍋。「電話とインターネットを使って、日本人相手のコンサルタントみたいなこと」を行っています。実のところ、資産運用・相続・税金などに詳しい彼のもとには、さまざまな相談事が寄せられます。その際、「法律に関わる事案は、無償で問題の所在と解決のための選択肢を説明」し、必要ならば知り合いの専門家を紹介し、一定の紹介料を得るという形で、弁護士の権益を侵さないよう配慮しながら、生活を維持させていたのです。ある日のこと、そんな彼に、ハワイ在住の日本人実業家ケン・カナイを介して、「裏社会の匂いがする」麻生騏一郎という「重い心臓病を患っている」老人からの依頼が寄せられます。成功報酬1億円というその依頼とは、先に触れたように、孫娘の麻生まゆに推定20億円もの財産を譲渡するというもの。引き受ける際に、真鍋が述べたのは、「お引き受けする以上、できる限りのことはします。ただし、法に反することはできません」という言葉。ところが直後、二人組の暴漢に襲われ、その案件には「手を出すな」と暗に警告されます。果たして、真鍋の対応は?