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『殺し屋、やってます。』 - 証拠を残さない「クールな殺し屋」

「殺し屋を扱った作品」の第二弾は、石持浅海『殺し屋、やってます。』(文春文庫、2020年)です。「やるべきことをきっちりやってこその職業」という考えの持ち主である富澤充。経営コンサルタントというオモテの稼業と殺し屋というウラの稼業をうまく使い分けています。依頼人の殺害動機を聞くこともなく、一人きりになる場所と時間帯を調べ上げ、証拠を残さずに人を殺していく「クールな殺し屋」の仕事ぶりが浮き彫りにされていきます。

 

[おもしろさ] 依頼人―二人の連絡係―殺し屋という受注システム

殺人という法に触れるビジネスに関わっている以上、逮捕はもちろんのこと、口封じ、裏切りなど、殺し屋という稼業には、いろいろなリスクが付きまといます。そこで、本書では、リスクを最小限に抑えるため、「依頼人」と「殺し屋」の間に二人を介在させるという独自な「受注システム」が登場します。まず、依頼人から殺しの依頼を受けるのは、「伊勢殿」と呼ばれる人物です。彼のオモテの顔は、東京・神田にある芥川歯科医院の院長なのですが、公にはできない口コミで殺人依頼が持ち込まれるのです。そして、伊勢殿からの依頼を受け、それを「殺し屋」である富澤充に直接伝えるのが「塚原俊介」。したがって、依頼人や伊勢殿は、殺し屋がだれなのか、まったく知りえません。塚原も富澤も、依頼人とはけっして会いません。「一見迂遠な方法のようだけれど、秘密を守るにはいい手段」となっているわけです。ちなみに、富澤は、塚原から依頼がくると、依頼内容に間違いがないかどうかを確認したうえ、3日以内に返事をします。また、料金650万円のうち、前金として300万円が振り込まれたことを確認すると、彼は、2週間以内に殺しを実行することになっています。塚原と伊勢殿の手数料は、いずれも50万円と決められています。

 

[あらすじ] オモテの顔は経営コンサルタント! 

大手メーカーの下請け工場や個人経営者などの中小企業を相手に低報酬で経営コンサルタントとしての仕事を行っている富澤充。にもかかわらず、資金難に陥ったことがありません。なぜならば、彼には、650万円の料金で人殺しを請け負う「殺し屋」という裏の顔があるからです。その金額は、東証一部上場企業の社員の平均年収から決められているようです。リスクを回避する上述のような受注シシテムに基づき、クールに殺しを請け負っていきます。そして、標的となる人物がとる奇妙な行動が気になると、その都度秘められた謎を解明していくのです。