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『社長室の冬』 - 日本新報の外資への売却交渉の中で

堂場瞬一の『メディア三部作』」の第三弾は、『社長室の冬』(集英社、2016年)です。日本新報の社長室に異動した南康祐。取材とはまったく関係のない部署に移ってまだニケ月目。仕事にはなじめていません。ところが、同社の外資への売却話が進むなか、推進役の小寺社長が急死します。そして、南は後継者となった新里明新社長の側近として奔走することに。大手新聞社がおかれている厳しい現実の一端を知ることができます。

 

[おもしろさ] 「紙の新聞」VS「ウェブ新聞」

日本新報の売却先として登場する「AMC」は、「アメリカのローカル紙を次々に買収し、紙の新聞の発行を停止して、ウェブサイトのみでニュースを流すビジネスモデルを打ち立てようとしている」のです。日本でも、五年前からニュース専門サイトを運営。実際、世界の有力新聞のなかには、完全電子化が行われている事例がありますし、将来的には、紙の新聞がなくなってしまうのではと予想している人も多いのです。本書の魅力は、そうした現実のなかで、「紙の新聞の今後」についての新聞業界の人たちの考えがいかなるものなのかを垣間見ることができる点にあります。

 

[あらすじ] 「紙の新聞発行停止」に対する拒絶感の大きさ

記者の南30歳。小寺政夫社長には、会社にとって不利益な情報を握る「危険人物」とみなされているようです。そのため、「手元に置いて監視し、いずれ使えるチャンスを待つ」という思惑で、編集局から社長室に異動されられます。「日本新報に未来はない」と考える小寺。外資系IT企業「AMC」への身売り工作を潜行して進めていたのですが、突然亡くなってしまいます。左遷されていた新里明が社長に就任し、売却交渉を引き継ぎます。「新報が生き残る道はそれしかない」と考えている新里の交渉相手は、AMCジャパンの社長兼編集長・青井聡太。青井にはかつて日本新報で記者として働いた経験があります。現場を離れてしまったいまでも、「自分の基本は、ニュースを追い続けること」という思いを持っている人物。しかし、本社のCEOであるアリッサ・デリーロの意向が最優先されるので、青井の一存で決めることができないのも事実。そのあたりの事情が物語の結末にも影響していくことを指摘しておきましょう……。やがて、売却されると、「紙の新聞は発行停止になる」「電子版に移行する」「大規模なリストラが実施される」といった話が公にされます。すると、労働組合、会社の株主、三池に代表される政治家などから、激しい反発が出されることに。それらに対する拒絶感には、すさまじいものがあったのです。新里の腹心となった南は、揺れ動きながらも、職務を全うしようとするのですが……。彼の本心は、いかなるものなのか? 買収劇の帰結は?