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『虹にすわる』 - 椅子づくりと格闘する職人ふたり

「職人を扱った作品」の第二弾は、瀧羽麻子『虹にすわる』(幻冬舎文庫、2022年)。「真面目一筋で、細かいことにも目が届き、木工技術には光るものを持っている徳井律」と「真面目とは言いにくいものの、独創的なデザイン力を有している魚住光」。対照的な性格。過疎というほどではないものの、着実と高齢化が進行している浜辺の町を舞台に、椅子作りの工房を始めた不器用なふたりの職人物語。

 

[おもしろさ] 「工程の一部しか担えないのはつまらない」

かつては、すべて手作りでなされた木工家具の制作。いまでは、それなりの規模の工房や工場になると、一般の工業製品と同じで、機械を使い分業で作るのが普通になっています。一台数千万円もする、コンピューター制御で複雑な加工もこなせる高性能機種の活用も、めずらしくはありません。が、以前、そういう環境下で働いた経験を持つ魚住は、その恵まれた環境に嫌気がさし、飛び出してしまったのです。「工程の一部しか担えないのはつまらない、もっとじかに木にさわりたい」と言ってです。では、基本的な電動工具は使うものの、できる限り多くの工程を手で行っていくと、いったい、どのような形になっていくのでしょうか? 本書の魅力は、まさにそうした職人たちによる椅子づくりとの格闘の叙述にあると言えるでしょう! 

 

[あらすじ] 始まりは10年前の「あいまいな約束」

田舎の町で、祖父が始めた「修理屋」稼業。元々は、仏壇を作る職人でした。が、手先が器用なことを見込まれ、行く先々であれこれ他の仕事も頼まれるようになっていきます。家具や電化製品の修理から家屋の修繕まで、商売というよりは、「人助け」に近い感覚で、引き受けていました。その稼業を手伝ったのが、孫の徳井律でした。「何でも屋」と名乗った方がいいような力仕事までちらほら舞い込んでくるのです。ある日、徳井は、大学の後輩である魚住光と遭遇。10年ほど前の大学時代、帰省した大学3年生の徳井にくっついて、その町にやってきたのが2年生の「椅子大好き人間」の魚住でした。東京で生まれ育った彼は、仏壇職人である徳井の祖父に興味を持っていたのです。徳井もまた、魚住と一緒に、祖父の「匠の技」に接しているうち、祖父に対する 「職人としての気概と情熱」をより強く感じることになりました。「椅子の工房やろうぜ」と言った魚住。「まあ、そういうのもありかもな」とあいまいな返事をした徳井。が、魚住はそれを約束したと思い込んだのです。それから、10年が経過。魚住の口から出たのは、「家具づくりの工房」をやらないかという「二度目の提案」。彼は、大学卒業後、東京郊外にある有名な家具工房に弟子入りしたものの、そこを辞してきたのです。徳井もまた、家具づくりをしていると思い込んでいたのです。結局、住み込みで、徳井の修理屋稼業の手伝うことに。さらに、徳井と相談することなく、椅子づくりの作業場を準備していくのです。かくしてスタートした椅子工房。最初に完成した椅子に、「あなたの体と心にぴったり合う椅子」という宣伝文句が書きこまれます。しかし、一週間経ち、二週間たっても、注文は、まったく入りませんでした。いつもギクシャクしているふたりの行く末は、どうなる?