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『ごちそうは残業のあとで』 - デパ地下食品フロアの活性化を図れ!

コンビニ、スーパーマーケット、デパート、アウトレット、専門店など、一口に「小売業」と言っても、内実は非常に多様です。いまなら、どの業態のお店でも普段着で買い物を楽しむことができます。ただ、私のような年代になると、デパートで買い物をするときだけは、ちょっと構えた服装を選んでしまうことも。おそらく、子どもの頃に訪れたデパートの「きらびやかで、心ときめくような気持・印象」が心の片隅で居座り続けているのかもしれませんね。でも、デパートは現在、大きな転換点に差し掛かっています。閉店のニュースもけっして稀ではありません。今回は、そんな状況に陥っているデパートの実情に触れている作品をふたつ紹介します。なお、このブログでは、2019年12月24日~12月31日に、デパートをテーマにした三つの作品を紹介しています。関心のある方は、それらもご覧ください。

 

「デパートを扱った作品」の第一弾は、デパ地下の食品フロアのリニューアルを素材にした紅原 香(原案 左京 潤)『ごちそうは残業のあとで』(富士見L文庫、2019年)。低迷している藤見屋百貨店吉祥寺店の活性化をめざして奮闘する店員の佐倉日向子と上司の四ノ宮正高。まったく「馬が合わないふたり」、「意思疎通ができないふたり」。ですが、地下食品フロアのリニューアルを遂行するために、協力して任務の遂行をめざします。

 

[おもしろさ] 「意思疎通ができない」二人の協同作戦

本書の第一の特色は、「意思疎通ができない佐倉日向子と四ノ宮正高」というのは、具体的にどういったシチュエーションになるのか、双方の言い分とはいかなるものなのかが描かれている点。第二の特色は、デパ地下の活性化には、どのようなプランがふさわしいのかという課題について、「意思疎通ができないふたり」がどのようにして対応していくのかというプロセスの描写。第三の特色は、「自分の企画が形になっていくのって、楽しいな」と思える充実感=「仕事の喜び」を感じるときとはいかなるものなのかが示されている点。第四の特色は、「体はへとへとなのに、まだ頭がぎゅんぎゅん高速回転している。もっともっと、前へ進みたい」といった、「ワーカーズハイ」とでも言いえるような熱中・夢中状態とはどのようなものなのかが示されている点。そして第五の特色は、見た目の華やかさとは裏腹に、百貨店の裏側の「複雑怪奇」な要素(テナントや店員の間におけるギスギスした雰囲気、役職者に占める女性の比率の低さ、年配者の時代錯誤的な言動、部下のやる気を奪ってしまう部長など)にも言及されている点にあります。

 

[あらすじ] 「上司として俺が君に本物の味を教えてやる!」

長らく「町の百貨店」として愛されてきた藤見屋百貨店吉祥寺店。大型ショッピングセンターの台頭、消費の冷え込み、かつてのお得意様であった富裕層の高齢化などが影響し、低迷が続いています。全店舗中、最下位というありさまなのです。再生案として検討されているのが、食品フロアのリニューアル。その課題の一端を担うのが、社内公募でメンバーが集められた「食品部プロジェクトチーム」です。同チームのリーダーは、エリート社員の四ノ宮正高課長。総菜部門の担当者で、食べることが大好きな佐倉日向子は、彼の補佐役なのです。その企画会議において、日向子が提案したのは、「地下食品フロアの春のミニ催事企画書」。その骨子は、「中央線B級グルメ市」というもの。B級グルメにこだわるのは、「デパ地下に親しみを持ってほしい」という想いからです。ところが、高級志向の四ノ宮は、その提案を却下。B級グルメというコンセプトは「藤見屋のカラーにそぐわない」、「フェアをやるからには『藤見屋でないと食べられないもの・藤見屋でないと出来ない体験・スペシャル感』がなによりも大事なんだ。この企画書からはそれが何一つ伝わってこない」と、四ノ宮。企画がダメ押しされるのは、これで三度目。へこんでしまう日向子。そもそも食品部のスタッフにおける四ノ宮の評判は、けっして芳しいものではありません。ミスに厳しく、口が悪く、「反論の余地がないくらいに叩きのめされてしまう」のです。ところが、ある日のこと、四ノ宮は、日向子に対して、「上司として俺が君に本物の味を教えてやる!」と言い出し、ふたりで食事に行くことになります。嫌々ながらも、一緒の食事を繰り返し、意見交換をするうちに、当初二人の間にあった「わだかまり・誤解」は徐々に解消。日向子をして「課長の下でもっと企画を勉強したいです」と言わしめるようになるわけですが、そのプロセスが結構おもしろいのです。藤見屋百貨店吉祥寺店は、そうした「B級グルメ」路線で救われることになるのでしょうか?