「職人を扱った作品」の第三弾は、野中ともそ『洗濯屋三十次郎』(光文社文庫、2021年)。大手の取次チェーンではない、個人経営の小さなクリーニング店「中島クリーニング」。その店長になったのは、地味で、不器用で、自分からは動こうとしない、クリーニングにはド素人の店主・中島三十次郎。その道40年以上という腕利き職人の荷山長門(「クリーニング師」と「染み抜き師」の資格も持っている)は、頼りない三十次郎に対して不安を隠せません。
[おもしろさ] 「どんな染みでもきれいにする」というプライド
小さなクリーニング店ではあるものの、中島クリーニングでは、水洗機、ドライ機、プレス機、染み抜き機など、さまざまな機械・器具の助けは必要不可欠。そして、それらの器具を上手に使いこなすことがクリーニング店の大きなミッションと言えます。中島クリーニング最大の売りは、なんと言っても、長門の持っている特殊な能力、「どんな染みでもきれいにする」という染み抜きの技術にほかなりません。本書の特色は、染み抜きの話をはじめとするクリーニング業に固有な仕事の数々、仕事の極意、やりがい、喜び、客との距離感、さらには、日本におけるクリーニングの発祥にまつわる話やクリーニング業界を取り巻く厳しい環境などにまで、幅広い内容に及んでいる点にあります。また、どこまでも不器用な三十次郎の生き方・やり方には、「真のやさしさ」というか、ここまでやさしくなれるのかというような、読者を心配させるとともに、応援もさせるという不思議な魅力が込められているようです。
[あらすじ] やることが見つからない店長の苦悩の果てに
自分のクリーニング店をオープンさせるため、オーストラリアに渡った長男の醤生に代わって、「中島クリーニング」を継いだのは、次男の三十次郎。しかし同店の運営を司るのは、店長の三十次郎ではありません。店の特色でもある高度な染み抜きや手仕上げのアイロンは、もっぱら長門が担当。手際よくプレス機を扱うのは、若手の店員・良平。水洗いはもちろん、衣類の手直しや繕いから受付業務までこなすのは、パートの大塚さん。それゆえ、素人の三十次郎が技術的に関われる業務など、見当たらないと言っても過言ではありません。集配についても、「フランスの老俳優に似ていると評判のちょっといい男」でもある長門の方が、三十次郎よりもはるかにうまくこなすのです。そもそも、三十次郎は、それまで、面倒な事には、一切見て見ぬふりをしながらやり過ごしてきたのです。だから、いきなり店長に祭り上げられたとしても、すぐにうまく行動できるような度量を持ち合わせているわけではありません。でも、ほんのゆっくりとしたペースにすぎないかもしれませんが、いろいろなお客との交流を通して、彼の心のなかに、変化の兆しが見え始めるのでした。