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『新参教師』 - 不満だらけの亮太が辿り着いた先には

「『仕事を始める』を扱った作品」の第三弾は、熊谷達也『新参教師』(徳間文庫、2009年)。慣れない仕事に対する心配や不安は、なにも新入社員に限られるわけではありません。転職して新しい職場で働き始めるケースもあるからです。この場合、なにかにつけ、前職での経験と比較してしまいがち。新入社員とはまた違ったレベルでの戸惑いや悩みが生じることとなります。本書は、損保会社の支社長から中学校の教師に転職した安藤亮太42歳の物語です。中学校教師たちの仕事とは、彼らの悩み事・心配事とはどのようなものなのか。大変よくわかります。元中学教師である著者の経験が生かされているためか、教師という仕事の実態がリアルに描かれています。

 

[おもしろさ] 「学校の常識は世間の非常識」

「最初は勝手が違うことばかりで面食らうはずだが、まあ、慣れればどうってことないだろう」「面食らうって、例えば」「なにからなにまで」「それじゃわからん」「そうさな……学校の常識は世間の非常識」。仙台市立青葉中学校の教師となった安藤亮太と小野寺の会話です。小野寺は、東京の私大で同期生。教職歴が20年になる大先輩でもあります。転職を考え始めた時、親身になって相談に乗ってくれた人物。勤め始めてからは、グチの聞き役として、亮太にとっては貴重な存在だったのですが……。ただ、グチばかり言っている間は、その仕事のおもしろさがわかりません。そのことを痛感させてくれる作品でもあります。

 

[あらすじ] いいことづくしの思い込みはもろくも崩れさります

準大手損保会社「T火災海上保険」で順調に仕事をこなし、仙台市内の支社のひとつで、若くして支社長を任された亮太。ところが、バブル崩壊後、会社の業績は低迷。危機に陥るなか、リストラ要員の対象になる可能性が出てきたのです。新居を購入したばかりでのリストラ、女房のみならず、5歳と2歳の子ども抱えての路頭に迷うことになったら、いったいこの先、どうやって生きていけばよいのか、心労が続く毎日です。そんなとき、仙台市の小中学校を対象に、民間から3名の教員を採用するという告知を知り、応募。運よく採用された彼は、19年間の会社員生活を捨て、仙台市立青葉中学校の教師になったのです。先生という「悪くない響き」。「即戦力としての期待」の大きさ。「担当する授業は週に19時間」。「いまどきめずらしいくらい素直で優秀な生徒ばかりです」という説明……。損保時代と比べてみると、どれもこれも、「いいことづくめ」の如く受け止められたのです。ところが、そうした最初の思い込みはすぐに崩れ去ります。日常的な放課後の作業に加え、部活の指導、修学旅行の準備や引率に関わる業務など、長時間の労働を余儀なくされます。おまけに、春・夏・冬の長い休暇中でさえ、仕事に追いまくられます。やがて、彼を陥れる怪文書まであらわれる始末。不満だらけの涼太が辿り着いた先にあったのは?