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『最強の経営者 小説・樋口廣太郎』 - トップダウン型のリーダーシップ! 

5月1日、元号が平成から令和に変わりました。これまでのことをリセットして、新たな一歩を踏み出したい。多くの人々の願いが「令和フィーバー」をもたらしました。しかし、元号が変わったからといって、それまでの環境や課題が一挙に変化するわけではありません。むしろ、グローバル化少子高齢化、格差の拡大、アナログからデジタルへの転換・AI(人工知能)・ロボット・5G(第五世代移動通信システム)・ビッグデータに代表される技術の発展といった新潮流にむけての取組みについては、一層のスピード感をもった対応が余儀なくされていきます。そして、そうした流れに沿って、日本の経済・企業・組織を活性化させ、新たなリーディングインダストリー(成長を引っ張る産業)を構築することが求められていくのです。そこで、経済・企業・組織の活性化を推進するうえで、最も大きな原動力となるリーダーシップのあり方を探るべく、「経営者のリーダーシップを扱った作品」を六回に分けて紹介したいと思います。

「経営者のリーダーシップを扱った作品」の第一弾は、トップダウン型のカリスマ経営者を描いた、高杉良『最強の経営者 小説・樋口廣太郎 アサヒビールを再生させた男』(プレジデント社、2016年)。スーパードライという新感覚のビールによって、「アサヒビール中興の祖」と言われた樋口廣太郎(1926年-2012年)のリーダーシップを実名で描いた作品です。

 

[おもしろさ] 樋口廣太郎という人物像を多面的に描写

2018年におけるビール類の「課税出荷数量」をみますと、首位は37.4%を占めるアサヒビール。2位のキリンビールのシェアは34.4%、3位のサントリービールは16.0%、4位のサッポロビールは11.4%、5位のオリオンビールは0.9%となっています。しかし、樋口廣太郎が社長に就任した昭和61年(1986年)当時、アサヒビールのシェアは10%前後。「朝日ビール」ではなく、「夕日ビール」と揶揄されていたのです。そのような状況から出発した同社が、ビール業界でトップのシェアを獲得するまでには、どういったプロセスがあったのでしょうか? この本の魅力は、なんといっても、樋口廣太郎という人物像を多面的に描き切っているという点です。トップダウン型の経営者にありがちな強引さで成果を生み出していきます。バイタリティが旺盛な樋口ですが、部下を怒鳴り散らすことも多く、「瞬間湯沸器」と称されていました。ただ、「おまえを専務にするんじゃなかった」というのは、いわば樋口流の叱咤激励でもあったのです。言われたほうはどきっとするのですが、意味するところは「おまえしかおらん」「頑張れ」という意味だったようです。一般的には名誉職と受け止められがちな文化事業団体の理事長職であっても、全力投球。魅力に満ちた人物だったのです。アサヒビールの現代史が浮き彫りにされています。

 

[あらすじ] 「世のため、人のため、お国のため」

昭和60年11月、樋口廣太郎・住友銀行副頭取は、磯田一郎・同銀行会長に呼び出され、アサヒビール社長への就任を伝えられます。当初は、住友銀行から押し付けられた社長であったこともあり、社内の受け止め方はネガティブなものでした。ところが、次から次へと新機軸を打ち出していきます。押しが強くて、マスコミを味方につける術も心得ていました。「世のため、人のため、お国のため」を心に留め、猛烈に突き進み、実に多くの成果を生み出していったのです。