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『ハッピー・リタイアメント』 - テキトーでOKという職場で真面目に働いた帰結が

「定年を扱った作品」の第三弾は、浅田次郎『ハッピー・リタイアメント』(幻冬舎、2009年)。定年を目前に控えた多くの人たちにとっての大きな関心事のひとつに、再就職先の確保という問題があります。本書の主人公は、地位も名誉も金もない55歳の二人の男性。彼らの天下り先の職場を舞台に「ハッピー・リタイアメント」をめざそうとする姿が描写されています。2015年10月にテレビ朝日で放映された『ハッピー・リタイアメント』(主演は佐藤浩市さん、出演は石黒賢さん)の原作本です。

 

[おもしろさ] 人生の逆転満塁サヨナラホームランをかっ飛ばせ! 

本書のおもしろさは、半端ではありません。「たいそうな給料をもらい、テキトーに仕事をやっておればOK」という天下り先の生々しい実態と、5年後の60歳に迎える定年退職を「ハッピー・リタイアメント」に変えるべく、「人生の逆転満塁サヨナラホームラン」をかっとばすようなビックリ仰天の計画がコミカルなタッチで描かれています。

 

[あらすじ] 役所をリタイアしても、人生はリタイアしていない! 

地位も名誉も金もない55歳の二人の男性が天下りという形で「第二の人生」をスタートさせます。一人は、財務省に33年間勤務したノンキャリアの樋口慎太郎。もう一人は37年間陸上自衛隊に勤務した大友勉。両人が再就職先として斡旋されたのは、全国中小企業振興会(略称JAMS)の神田分室。それは、1951年財閥解体後の振興事業育成のために、GHQの指令で作られた金融保証機関。無担保無保証人の零細事業主の債務保証を代行することで、公平なビジネスチャンスを拡大することを目的として創設されました。この債務保証に基づいて、銀行等が融資を行い、返済が滞った場合にはJAMSが無条件に代位返済することになっていました。いわゆる「裸一貫」の起業家を支援する機関だったのです。樋口たちの仕事は、返済の意志がない債務者から、その意志をはっきり確認し、損金に繰り込むこと。ところが、その業務は、積極的に取り組むことがいっさい想定されていなかったのです。そのため、真面目に取り組んだ結果、予期せぬことが起きてしまいます。すでに時効が成立して、法律的には返済する義務がないにもかかわらず、道義上の責任を感じてか、「チャラになったはずの借金」をきちんと返済に応じる人が続出することになったのです。その結果、実に3億5000万円もの債権が回収されてしまうことに。それはいわば宙に浮いたお金。樋口と大友は、その金を……。

 

ハッピー・リタイアメント (幻冬舎文庫)

ハッピー・リタイアメント (幻冬舎文庫)