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『雨にも負けず』 - 世界レベルの技術と優れた経営能力が融合するとき

「経営者のリーダーシップを扱った作品」の第六弾は、高杉良『雨にも負けず 小説ITベンチャー』(角川書店、2019年)です。インターネットで電子ファイルを「安全で確実に」送り届けるサービスを展開しているイーパーセルの北野譲治社長が主人公。技術と経営能力との融合がいかに大事であるのかが浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] 世界水準の技術者の経営能力はゼロに近かった! 

インターネットは便利な反面、システムに侵入して情報を盗んだり、いたずらをしたり、麻痺させたりするハッカーなどの輩がうごめく世界でもあります。つまり、ネット上で情報を「安全で確実に」送り届けるというサービスを行うことは、世界水準のセキュリティを独自の技術で開発したことを意味します。具体的には、「送るデータを暗号化して秘匿性を確保し、通信経路にデータのコピーを残さない、通信中の回線遮断時にも自動再送機能が働き、データを回復させる」ことが必要になるのです。そうした技術を開発したのは、イーパーセルの米国法人を創業した日本人技術者・財津正明でした。ところが、財津は経営能力がゼロに近い人物でした。そこに登場するのが、北野譲治。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が大好きな彼は、本当に辛抱強い人物です。この本のおもしろさは、経営能力に乏しい人が組織をかき乱していく様子を克明に浮き彫りにしていることと、そこから脱却するのがいかに大変なことであるのかを如実に示している点です。実際のところ、北野ですら、ウツ病にかかってしまうほどでした。それを克服できたのはなぜかというのも、読みどころになっています。

 

[あらすじ] 保険の売り込みから「電子宅配便」の営業へ

昭和37(1962)年生まれの北野譲治は、早稲田大学を卒業。その後、契約社員になることを決め、中堅損保の大東京火災海上保険に就職。そこで、北野は、特に「会社の業務にどんな危険があるかを調査して、その危険を解決する手段として損害保険を提供すること」に力点を置いて業務に取り組みます。5年後、損保ディーラーとして大きな成果を収めたあとに退社。28歳で、保険代理店「ジョージ・コーポレーション」を創業します。同社は、クライアントの節税に貢献できるような保険商品を次々と提案し続けることで、順調に業績を伸ばします。やがて、ボストンでイーパーセルという「電子宅配便」もしくは「ネット上の国際物流会社」とも言うべき会社=ITベンチャーを創業した財津正明に出会います。地球規模でのビジネス展開を一緒に志向しようという強引な勧誘を受け、イーパーセル日本法人の立ち上げに協力することに。ところが、財津CEOは、「上から目線の人」。売ってやる、使わせてやるという姿勢を露骨に出す男でした。性格的にも問題があり、誇大妄想としか思えない人物。オーパーセルを日本で輝ける存在、盤石な会社にしたいと、北野は奮闘し続けるのですが、会社はほぼ機能不全に陥っていきます。財津に代わって、新たに社長になった北野は、イーパーセルをどのように導いていくのでしょうか? 

 

雨にも負けず 小説ITベンチャー

雨にも負けず 小説ITベンチャー