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『裁断処分』 - 出版業界の「末期的症状」が! 

「本が売れない」。多くの人が聞かれていることでしょう。出版不況という言葉がささやかれるようになったのは、1990年代末のこと。書籍・雑誌の販売額は、その後右肩下がりに減少。ピーク時(1996年)の2兆6563億円と比較すれば、おおむね半減しているのが、昨今の状況です。その原因は、どのようなものでしょうか。①活字離れ、②インターネットの普及に伴い、書籍による情報・知識の収集の必要性が低下したこと、③出版社にとってドル箱であったコミック部門が「海賊版サイト」(18年4月に閉鎖)の影響で大きな打撃を受けたこと、④書店の数が減少したことで、売り場面積が縮小したこと、⑤小説が大きな娯楽になっていた時代とは異なり、いまではテレビ・DVD・ゲーム・ネット・スマホといったさまざまな娯楽手段があり、映画やドラマも音楽もわずかな費用で楽しめることなどが考えられています。今後に向けての明るい材料として考えられているのは、電子書籍の伸びくらいしかありません。そこで、出版社の現況について四回に分けて考えてみたいと思います。

「出版社を扱った作品」の第一弾は、藤脇邦夫『裁断処分』(ブックマン社、2017年)。裁断処分とは、書店で売れなくなって、出版社に返品された本屋雑誌を再度流通しないように、廃棄処分扱いにすること。出版業界の仕組み、直面している問題が網羅されています。そうした指摘に衝撃を受けることでしょう。

 

[おもしろさ] 「志望する人は読まないで下さい」

「面白いですが、出版業界を志望する人は読まないで下さい。出版業界を取り巻く末期的症状が、この小説には余すところなく描かれています。もう、アウトかもしれません。しかし、それでも僕は、出版をやめません」。本書の「帯」に書かれた幻冬舎見城徹社長の言葉です。この本の特色は、出版業界の末期的症状=出版不況の諸局面を臨場感たっぷりで描き出している点にほかなりません。出版社に関しては、「新規採用がほとんど行われていないので、若い人材が入ってこない」「中高年層の大半が電子のほうに興味がなく、知識も欠けている」「老害をまき散らす老人世代の作家との付き合いに苦労している」「コミック以外はすべて赤字」「出版を取り巻く産業すべてのダウンサイジング」などが指摘されています。

 

[あらすじ] 業界が抱える多様で複雑な問題がリアルに描写

窮地に陥った経営破たん寸前の老舗出版社・新英社。同社の経営危機・買収・再建をめぐる出版業界の模索と波乱が描かれています。中堅出版社である有限書房の営業部長・藤崎50歳を筆頭に、出版業界を構成する多様な組織(出版社、取次、書店チェーン、印刷会社、海外の出版翻訳権を売買する会社など)で働いている人たちが登場します。「では、主人公は?」と問われると、むしろ「主人公=出版業界」と考えたほうが良いようなスタイルになっています。というのは、物語の筋立てのおもしろさを追求するというよりも、35章を構成するそれぞれの章で扱われている個々のエピソード=話の展開のなかで、直面するさまざまな問題、出版不況の実態を具体的に紹介していくことに、力点がおかれているからです。

 

断裁処分

断裁処分

  • 作者:藤脇 邦夫
  • 出版社/メーカー: ブックマン社
  • 発売日: 2017/04/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)