マンションやビルをはじめ、ショッピングモール、テーマパーク、さらにはダムや高速道路などに至るまで、多くの大規模な建設・土木工事を担うのは、ゼネコン(ゼネラル・コントラクター)と呼ばれる総合建設業者。注文者から工事を請け負い、複数の下請け事業者(サブコン、協力会社)を率いて、土木工作物や建設物を完成させる「司令塔」の役割を担います。それらの建造物が完成すると、地図上に表示されるようになるので、「地図に残る仕事」というキャッチフレーズには、ゼネコンの役割が凝縮されていると言えるでしょう。もっとも、工事案件の受注をめぐっては、ライバル社の間で激しい獲得競争が行われるのが普通です。さらに、受注した場合でも、工事が無事に終了するまで、当事者たちにとっては、筆舌に尽くしがたいさまざまな労苦が待ち受けています。また、最近では、労働基準法による残業時間への規制、働き方改革、労働力不足など、ゼネコンをめぐる環境が大きく変化しています。そうした受注をめぐる熾烈な競争とは、工事現場で直面するさまざまな試練・トラブルとは、さらにゼネコンを取り巻く環境変化とは、いかなるものなのでしょうか? 今回は、それらの課題を追究すべく、ゼネコンを対象にした二つの作品を紹介したいと思います。
「ゼネコンを扱った作品」の第一弾は、池井戸潤『鉄の骨』(講談社、2009年)。「鉄の骨が組まれ、コンクリートが打設される。なにもなかったところに一つの建造物が構築されていく、その過程は美しく気高い。大げさではなく、人間の力と想像力の結晶だ」。2000億円規模になる地下鉄工事の受注をめぐる各社の熾烈な争いを軸に、談合という犯罪を犯さざるを得ないという古い慣行の「醜さ」と、鉄やコンクリートの塊に創造性という魂を吹き込んでいくという「美しさ」が同居する建設業の光と影を描いた、含蓄の多い秀作です。2010年7月~8月に放映されたNHK土曜ドラマ『鉄の骨』(主演は小池徹平さん)と20年4月~5月に放映された『鉄の骨(WOWOW版)』(主演は神木隆之介さん)の原作本。
[おもしろさ] ラストのドンデン返しはお見事!
本書の読みどころは、なんといっても、2000億円規模になる地下鉄工事の受注をめぐる各社の「ノーガードの打ち合い」にハラハラドキドキさせられる展開にあります。東京地検特捜部の目も光るなかで勝ちをめざす、中堅ゼネコン一松組の尾形総司常務(将来の社長候補と目されている)の策略とはなにか? ラストのドンデン返しはお見事! さらには、主人公の若い社員がジレンマを抱えながらも、「人間の力と想像力の結晶」である「鉄の骨」の建設に仕事の喜び・プライドを見出し、成長していくプロセスも、おおいに楽しめます。
[あらすじ] 「人々に夢を与える仕事がしたい」
「人々に夢を与える仕事がしたい」と、一松組に入社してから3年目の富島平太。工事現場の勤務から尾形常務が直轄する通称「談合課」の業務課に異動になります。「いいか、全身全霊をかけて、この工事、摑むぞ」と言い放つ尾形。強い意気込みに圧倒される平太。業績不振が続くなか、この案件を受注できるかどうかは、一松組の浮沈を左右する重大事なのです。「地下鉄の一松」と言われるように、工事の実績や技術には定評があるとはいえ、どこが受注するのかはだれにもわかりません。決め手となるのは、「天皇」と呼ばれる人物・山崎組顧問である三橋萬造の決断と考えられています。そこで浮上するのが談合による「天の声」です。談合は、明らかに犯罪。しかし、一方では「必要悪」とか「談合なくして受注なし」とも言われているのです。「脱談合宣言、ウチの会社もしたはずなのに」と平太。それに対し、「口だけさ。綺麗事いったところで、仕組みが変わらなきゃ談合はなくならない。本音と建前は違うんだ。平太、お前は建前の世界から本音の世界へ来たんだ。俺だってアレがいいとは思ってない。そのうちなくなるべきだし、なくなるだろう。だけど、いまはまだダメだ。いま、俺たちに大切なことは、とにかくこの時代を生き残っていくってことよ」と、上司の西田吾郎は言います。たとえ業務とはいえ、違法な行為に加担することに、大きな抵抗感を感じてしまう平太。