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『むかえびと』 - 新しい命を迎える助産師というお仕事

かつて梓みちよさんが歌ったヒット曲『こんにちは赤ちゃん』。「こんにちは赤ちゃん あなたの笑顔…… あなたの泣き声 その小さな手 つぶらな瞳 はじめまして わたしがママよ……」。思わずハミングしてみたくなる永六輔さんの歌詞。生まれてきた新しい命に対する愛と慈しみの感情を歌い上げた名曲として、いまでも多くの人の記憶のなかに留めおかれているのではないでしょうか。他方、「生」を受けた人にいつかは必ず訪れることとなるのが「死」です。残された人の心の中には「空白」が生じ、癒されるのは簡単なことではありません。秋川雅史さんの曲『千の風になって』では、「大きな空を吹きわたる風になっていつもあなたを見守っている」という、残された人に対する亡くなった人からの励ましのメッセージが込められています。では、誰しも経験することになる「生と死」というテーマをお仕事小説の視点から考えていくと、どのような展開がありえるのでしょうか? 今回は、人の「生と死」に関わる職業の最前線-産婦人科病院と葬儀社を描いた作品を二つ紹介したいと思います。

「『生と死』を扱った作品」の第一弾は、藤岡陽子『むかえびと』(実業之日本社文庫、2018年)。本書は、産婦人科病院を舞台に、臨場感あふれる分娩の場面、産婦人科の組織、医師との協力態勢などにも触れながら、多岐多様な難問題をクリアしていこうと奮闘する助産師の姿を描いています。助産師とは、妊娠から出産、さらには育児に至るまで、母子の健康をサポートするという役割を果す専門職です。著者は現役の看護師。原題は『闇から届く命』(実業之日本社、2015年)。

 

[おもしろさ] 「生まれてくる命は絶対に守る」という強い信念

「お産安全度」では、世界でもトップクラスと評価されている日本。それでも、なかなか完全にノーリスクとは至らないのが出産の現場。ましてや、妊婦とそれを取り巻く環境・事情は千差万別。したがって、本書で示されているように、出産をサポートするスタッフには、「生まれてくる命」を絶対に守るという強い信念のみならず、優れた分娩介助技術や経験・データ・直感などを駆使した臨機応変の対応もまた不可欠です。生まれたばかりの赤ちゃんの小さな手のひらに触れたときに湧き上がる「胸の熱さ」。それこそが、助産師という仕事の醍醐味なのです。

 

[あらすじ] 「無事に泣いてくれますように」

有田美歩は、キャリア6年目の助産師。勤務先である「ローズ産婦人科病院」の院長・野原忠司は、実際にはお産を担当することができないダメな医師であるだけではなく、経営者としての手腕も極めて低い人物です。おまけに、巣川という名の助産師を不真面目であることを承知のうえで、師長に据え、しかも愛人にしているのです。でも、そうした環境下にあっても、美歩は、①尊敬している先輩助産師・草間道子、②海外ボランティア活動に人生の基盤をおいているベテランのパート助産師・辻門真奈美、③やる気満々の後輩助産師・戸田理央、④腕利きの常勤医師の佐野隆己たちに支えられ、小さく、か弱い新しい命を守るため尽力します。「無事に泣いてくれますように。しっかりと呼吸をしてくれますように」と願いながら。未受診妊婦飛び込み出産、新生児の「連れ去り」、産婦の緊急搬送など、一刻のときを争う業務の日常が描かれていきます。