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『かたつむりがやってくる』 - 移動販売で「買い物難民」を救う! 

特定の店舗を持たず、自動車などで商品を販売する「移動販売」。住宅街やオフィス街、駅前、イベント会場といった人がたくさん集まる場所だけではありません。店があまり存在しない地域や、過疎地などでも導入されています。高齢化が進展する日本で増加しているのが、「自分で買い物ができない」人を意味する「買い物弱者」「買い物難民」です。そうした問題への対策としても、いま「移動販売」が注目されているのです。一方、多くの人が集まる場所に登場するキッチンカーもまた、食の多様性をより広げてくれる手段として定着しています。今回は、移動販売を素材にした二つの作品を紹介します。

「移動販売を扱った作品」の第一弾は、森沢明夫『かたつむりがやってくる たまちゃんのおつかい便』(実業之日本社文庫、2019年)です。「買い物難民」を救いたい! 大学を中退した葉山珠美20歳(通称「たまちゃん」)が、田舎に帰って移動販売を始めます。初刊本は、2016年に刊行された『たまちゃんのおつかい便』。

 

[おもしろさ] 顧客のニーズに真摯に応えながらやり方を工夫

本書の特色は、「移動販売を行う供給サイドの話」(①始める前の不安、②開業する前の準備の数々、③指導してくれる人との出会い、④店を始めてからの改善と工夫)と「移動販売を利用する需要サイドの話」がうまくリンクされながら、物語が展開されている点にあります。顧客のニーズに真摯に応えながらやり方を工夫・改善していこうとするたまちゃん。果たして、どのような形の移動販売に進化させていくのでしょうか? 

 

[あらすじ] 「ちゃんと生きている気がしなかった」からの脱却

都会に憧れ、大学に入学したものの、「これといってやりたいこと、学びたいことも見つからなかった。自分の人生『ちゃんと生きている』気がしなかった」。そんな生活を送っていた「たまちゃん」。「自分らしく心のままに生きていない時間がもったいなくて仕方なく感じてしまう」。そこで思いついたのが、田舎に帰り、移動販売「おつかい便」を行うことでした。が、周りの友人たちの意見・反応は、「リスキーじゃない」「将来性あるの?」「資本金はどうするの?」とネガティブなものばかり。彼女自身も、「あまりにも浅はかで軽率なものだったのではないかという不安に押しつぶされそうになって」。しかも、小さな飲み屋「居酒屋たなぼた」を切り盛りしている父の正太郎は、手術をしたばかり。さらに、3年前に彼と結婚して義母になったフィリピン人のシャーリーン39歳に対しては、「違和感」を感じ続けていたのです。それでも、「買い物難民」をなんとか助けたいという一心から、移動販売の開業を決意します。舞台は、少子高齢化が進み、数年前に人口が8000名を切ってしまった青羽町。交通の便が悪い地域です。そこでは、歩いていける場所に店がないうえ、高齢のため車の運転もできず、常に買い物に困ってしまうという人たちがたくさん暮らしているのです。