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『代書屋ミクラ』 - 「論文の共同執筆者」の域に踏み込む代書屋

「代書屋を扱った作品」の第二弾は、松崎有理『代書屋ミクラ』(光文社文庫、2016年)。「3年以内に一定水準の論文を発表できない研究者は、大学を退職しなければならない」。通称「出すか出されるか法」という架空の法律のもと、研究業績の発表に血眼になる大学の教官たちと、困った彼らを支援するために論文を代筆する代筆屋ミクラの姿を描き出しています。北の街にある「蛸足大学」が舞台。ミクラと、彼が密かに憧れる「思い人」との話のやり取りもおもしろく感じることでしょう! 

 

[おもしろさ] 研究者の四苦八苦 VS 代書屋の四苦八苦

本書の魅力は、「出すか出されるか法」(論文を執筆するという研究者に課せられた使命を抹殺してしまうかもしれない悪法)という架空の環境下で、高品質の論文執筆を強制される教官たちの四苦八苦と、その理不尽とも言える要請に応えるべく奔走する代書屋ミクラの懸命な仕事ぶりを描き出している点にあります。ちょっと聞いただけでは、内容まで想像さえしにくい主題に関しても、資料収集から始まり、論文の執筆に至るまでの、本来研究者がやるべき作業をものの見事に肩代わりしてやり遂げていくところは興味津々の展開になっています! 

 

[あらすじ] 論文書きなどはできるだけ他人に投げたい! 

「歴史ある蛸足型の総合大学」(モデルは東北大学)を卒業したミクラ23歳。卒論の主題は「実験科学史」。卒業後は代書屋になると決めた時点で、同じ大学を卒業した先輩のトキトーさんから厳しい技術指導を受けました。代書屋とは、自分で論文を書けない研究者に代わって、「論文の執筆を代行する」というサービス。仕事の質を高め、評判を良くして受注を増やすため、「料金は安心の完全あと払い制かつ成功報酬制」。それゆえ、かりに論文を代筆し、学術雑誌に投稿できたとしても、掲載されなければ、いっさい報酬が出ないということになります。トキトーさんが紹介してくれた最初の客は、工学部応用心理工学研究科の助教(かつては助手と呼ばれていた)。研究主題は、「結婚と業績の相関 男性の研究者や芸術家は結婚後に生産性が落ちる」というもの。「いけすかない内容」。そう思いつつ黙って手渡された資料をめくります。作曲家、画家、作家と題されている頁には、膨大な数字が羅列されています。ところが、研究者の頁は白紙。「この研究、まだ完成していないようですけど」というミクラに対し、「だから君に頼むことにしたんだ」と答える依頼人。「研究の内容にまで踏み込むと、論文の共著者になってしまう」ので、引き受けられないというニュアンスの回答に対しても、まったく気にしません。「論文書きなどという地味な作業はできるだけ他人に投げたい」と言い張る依頼人。本来、代書屋とは、「すでに結果が出た研究を、論文にしあげて学術雑誌に投稿するのが仕事」。しかし、結局、引き受けることになってしまいます。こうして、代書屋ミクラのビジネスがスタートしたのです!