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『あの日にドライブ』 - 「もう一度人生をやり直すことができたら」

タクシードライバーを扱った作品」の第二弾は、荻原浩『あの日にドライブ』(光文社文庫、2009年)。退職を余儀なくされたエリート銀行マン・牧村伸郎が仕方なく再就職先として選んだのはタクシードライバーの仕事でした。が、現実は厳しく、営業不振で悩み続けます。ある日、「もう一度人生をやり直すことができたら」いう妄想(やり直し願望)を膨らませることに。そして、その過程で、タクシードライバーとしての力量を上げるための地道な努力を行うようになっていきます。人生の半ばを越え、過去を回顧するなかで、もう一度見つめ直そうとする40歳代男性の「再生物語」。タクシードライバーという仕事の実態・労苦・喜びに迫れる作品でもあります。

 

[おもしろさ] 営業成績を上げようとして行う努力と工夫の数々

本書の特色は、①仕方なくタクシードライバーになったときの「未熟」な伸郎の仕事ぶり、②かつての恋人である女性の「後ろ姿」を見た帰り、長距離客に恵まれたことで「彼女こそが幸運の女神」だと思い込み、ますます深められていく彼の妄想-「妄想マシーン」のスイッチがオンになると、架空のストーリーがどんどん作り上げられ、「素晴らしきバーチャル人生」が展開-、③やる気が持てないままタクシーを運転していたときとは異なり、営業成績を上げるための努力と工夫を行うようになっていくという変化-タクシードライバー必読の戦略本としても通用しそうなコンテンツになっている-、④大事なことは、過去ではなく、まさに「今」なのだということに気づかされていくまでの長い過程を描き切っている点にあります。

 

[あらすじ] エリート銀行マンから未熟なタクシー運転手への転身

メガバンク「なぎさ銀行」のエリート銀行員であった牧村伸郎43歳。出生街道を歩いていたのが、上司に不服従を意味する不用意なひと言を漏らしたことが契機に、退職を余儀なくされます。当初は、すぐに次の就職先が見つかると思っていたのですが、つまらない意地とプライドが邪魔をし、なかなか決まりません。そんな折、「タクシードライバー募集」という朝刊の求人案内のチラシに目をとめ、応募。空いた時間で、本来自分がすべき仕事を探す。あるいは公認会計士試験の勉強にあてる。悪くないプランに思えたのです。しかし、努力もせずにタクシードライバーとしての成績を上げようとしても、それは無理というもの。営業成績は振るわず、上司からはお叱りの言葉ばかり。営業収入1日5万円のノルマを達成する日はほとんどありません。ある日のこと、青春時代を過ごした街を通りかかります。蘇ってくる過去。もう一度、人生をやり直すことができたら……。彼は、自分が送るはずであった、もうひとつの人生に思いをめぐらせます。と同時に、タクシードライバーとしてさまざまな努力するようになっていくようになっていったのです!