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『倒産』 - とてもドロドロとした人間ドラマ

「倒産」という言葉。一般的には「会社の資金繰りが悪化し、借金の返済や取引先への支払いができなくなり、会社がつぶれること」を意味しています。ある会社が倒産の危機に瀕すると、さまざまな利害関係者の間で、それぞれの利益・債権を最大限確保・回収しようと、あの手この手の駆け引きや利害対立が引き起こされます。最終的に決着がつくまでは、なにが起きるかわからず、予断を許さない対立・対決が繰り返されることに。それゆえ、倒産は常に、とてもドロドロした人間ドラマを生み出します! 今回は、倒産を素材にした作品を三つ紹介します。

「倒産を扱った作品」の第一弾は、斎藤吉見『倒産』(講談社文庫、1986年)。長野県を地盤とする金井建設。優良な中堅企業として定評がありました。ところが、創業者・金井英三郎の急死に伴い、息子の健一郎が社長に就任すると、急速に傾き始め、倒産への道を突き進んでいきます。主人公は、英三郎の片腕で、健一郎の家庭教師を務めた佐々木静雄。のちに健一郎から金井建設を追われたものの、同社整理の過程で主導的役割を演じる人物です。本書は、佐々木の目線を軸に、金井建設倒産の原因、崩壊までの過程、整理のプロセス、当事者たちの思惑や葛藤などが、克明に、かつ見事に描かれています。倒産を描いた経済小説の古典的作品と言えるでしょう! 津留六平の『再建工作』とともに、1979年に発表された第1回日経・経済小説賞の受賞作。原題は、『終末の咆哮』(同年、日本経済新聞社から刊行)。

 

[おもしろさ] したたかな男たちの謀略と駆け引き

金井建設の倒産を余儀なくさせた直接の要因としては、北信ホテルの新築工事に関する荒井商事との業務提携で、罠に嵌められたことが挙げられています。しかし、根本的な原因は、「同族会社にありがちな馬鹿馬鹿しい事の積み重ねで、土台が腐った」ことと、「我が儘、独善、甘え、気兼ね、投げ遣り、捨て鉢が陰湿に絡み合って、資本を食いつぶして行った」ことに。はっきり言えば、二代目社長の健一郎の無能ぶりといい加減さに起因しています。しかも、「類は友を呼ぶ」と言われる如く、彼の周りに集まるのは、お金目当てで、彼を食い物にしようと企むような連中ばかりなのです。本書の特色のひとつは、無能な経営者が行使する悪しきアクションのオンパレード。そして、もうひとつの特色は、金井建設の整理の過程でうごめく、したたかな男たちの謀略と駆け引きのおもしろさにあります。

 

[あらすじ] 佐々木静雄という人物! 

金井建設の倒産劇をなんとか「無事」に決着させたのは、佐々木静雄がいたからこそだと言えます。早稲田大学第一法学部に入学した彼は、左翼運動に身を投じ、「同志たち」から「スパイ」の疑惑をかけられます。パニック状態に陥り、逃げ出そうとしたとき、傾いたコンロの火炎で顔に大きなやけどを負ってしまいます。彼を助けたのが、偶然長野から金井建設東京営業所に出張中であった金井英三郎でした。それが縁で、卒業後、佐々木は長野に移り、英三郎の無二の側近となり、健一郎の家庭教師をも兼ねるようになります。英三郎の社長時代の金井建設は、それこそ上場会社入りも視野に入れられるほどの優良企業。しかし、英三郎が自動車事故で急死。健一郎が社長になってからは、混迷の一途を辿ります。社長の座を弟の誠二に譲るものの、結局は崩壊……。では、倒産がはっきりしてから、当事者がどのような動きをするのか? 大口の債権者が集まって、どのようにして「裁判所が全然関与しない私的な整理」を選び、さらに具体的な道筋を描いていくのか? 利害が錯綜するなか、どのように事態が進展していくのか? 息詰まるドラマが待ち受けています!