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『おいしい給食』 - 給食の対照的なふたつの楽しみ方

「学校給食を扱った作品」の第二弾は、「食べる側」を描いた紙吹みつ葉『おいしい給食』(中公文庫、2020年)です。時代は1980年代。ハンサムだが、近づきがたい雰囲気を持つ無愛想な数学教師・甘利田幸男の唯一の楽しみは「給食」。毎食、構成を見極め、バランスよく味わうことに生きがいを感じています。ところが、同じ給食を、いつも斬新な方法を編み出し、工夫を凝らして楽しんでいる生徒・神野ゴウの存在が気になってしまいます。甘利田は、勝手に神野をライバル視し、勝ち負けを判定しようとします。結果は、甘利田の「連戦連敗」。給食は、自由に楽しくいただいてはどうか! 給食の楽しみ方、その存在理由、メニューのなかに込められた作り手の思いなどが伝わってきます。この本および「おいしい給食シリーズ」を原作として、市原隼人主演のドラマ(2019年10月~12月、2021年10月~12月、2023年10月予定)と映画『劇場版 おいしい給食』が二本作られています。

 

[おもしろさ] 「食育の原点」は給食にあり

本書の魅力は、「給食の楽しみ方=おいしく食べる方法」を、「甘利田と神野のバトル」という形で、コミカルかつシンボリックに提示している点にあります。楽しみ方のひとつは、甘利田によって示されています。それは、目の前のトレーの中に収められている料理の構成には、どういう意味があるのか、準備した給食センターの栄養士はなにをめざして、そういう献立にしているのかといったことを考え、心の中でそれらへの思いをはせたり、探求したり、確認したりしながら食べるというもの。他方、神野のやり方は、対照的です。与えられた状況下で工夫を凝らすことによってできるかぎり「おいしく」食するには、どうすれば良いのかを考え、実行に移すことにあります。ふたりの手法は、形は違うのですが、どちらも給食をおいしく食べるやり方。そして、「食育」に資する貴重な論点が含まれているのです。なお、甘利田に関しては、一見、いろいろなことにアバウトで、熱心とは思えない教師のように映るかもしれません。煩わしいことは、サポート役の御園ひとみ先生(産休補助教員で、現国を担当)に任せてしまうところがあります。しかし、ぶっきらぼうではあるものの、実は、細かいところにまで配慮することができる教師であることに気づかされることでしょう。

 

[あらすじ] 出された食材を「おいしく」食べる教師と生徒

常節市にある常節中学校1年1組の担任で、数学教師の甘利田幸男。母の作る料理がまずいにもかかわらず、「おいしいおいしい」と食べています。その反動で、給食が大好き。それを食べるために学校に来ており、時間があれば、いつも給食のことを考えていると言っても過言ではありません。したがって、事前に献立表をチェックしたうえで臨む給食の時間は、まさに至福のひととき。心の中で、食材のひとつひとつに関する知識と知見を述べ、全体の構成についても「まとめとコメント」を行いつつ、「おいしく」食べていくのです。ところが、出されたものを食べるだけの甘利田とは異なり、プラスアルファの工夫を加味したやり方で給食を楽しんでいる神野ゴウの姿を見ると、常に「敵意と称賛」が入り混じった複雑な動揺を経験させられるのです……。さまざまなメニューに関する「二人にしかわからない戦い」とは?