経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『眠りの森クリニックへようこそ』 - 睡眠障害に対応する「眠りの専門医」

心身になんらかの異常が生じたとき、お世話になる医療機関。突如発生し、短期間に重症化するリスクが高い急性期疾患の場合、「病院」での治療になるのが通例のケース。ところが、軽い病気やケガ、あるいは、症状は落ち着いていたとしても、引き続き治療が必要な慢性期疾患の治療となると、「クリニック」に通うこともしばしば。そこでは、大規模病院とは異なり、規模が小さい分、医師や医療スタッフと患者との距離が身近に感じられることも多いようです。今回は、睡眠障害に対応する「眠りの専門医」、整体師が営む接骨院、歯科医院という三つのクリニックを対象にした三作品を紹介します。なお、2019年6月26日~7月9日には「病院」2021年11月16日~11月25日には「医師」というテーマで作品紹介を行っています。関心のある方は、そちらの方もご参照ください。

「クリニックを扱った作品」の第一弾は、田丸久深『眠りの森クリニックへようこそ』(幻冬舎文庫、2019年)。札幌市で「眠りに関する症状を幅広く診察」している「眠りの森クリニック」。院長は、30歳代半ばにして独立した合歓木(ねむのき)啓明。わずかな時間があれば、ところかまわず眠ってしまう「おやすみ三秒」という特技の持主。でも、合歓木の腕の良さはピカイチなのです。そこで医療事務をしているのが、有馬薫。「ねぼすけ」の合歓木を眠りから目覚めさせるのも、彼女の役割です。ここでは、主に彼女の目線から、同クリニックで展開される医師・医療従事者・患者による物語が描かれていきます。眠りの悩みを持っている方には、ちょっとした「薬」になるかもしれませんね! 

 

[おもしろさ] 真の原因を取り除いてくれる合歓木先生

「人生の三分の一の時間を占める睡眠。世の中の五人に一人は眠りの悩みを抱えている」と言われています。それゆえ、眠りの森クリニックにも、多くの患者がひっきりなしにやってきます。本書の魅力は、合歓木が患者に投げかける「処方」のユニークさにあります。一例を紹介しましょう。「夜泣きがひどくてなかなか眠ってくれない」子どもを連れた母親のケースです。小さな子どもの手を取り、「虫さん虫さん、出てきてください……いたいた、虫さんがたくさん、僕の手にまで歩いてくるよ」。まるでおまじないをかけるような仕草をする合歓木。「子どもが興奮したり泣いたりするのを、疳(かん)の虫っていいます……。いま僕が、その疳の虫を退治したんです。虫切りの虫は疳の虫のことなんですよ……。今日のお子さんの治療はこれで終わりです」。実のところ、そのおまじないは、「お母さんのためのおまじない」。小さな子供って母親の不安な気持ちを敏感に察知するから、母親の気持ちが落ち着くことで安心が伝わり、夜泣きが減ったりするのです。

 

[あらすじ] 眠れない人へのさまざまな処方

札幌市を見守る藻岩山の麓、市電ロープウェイ入口駅の近くにある「眠りの森クリニック」は、民家をリノベーションした診療所。そこには、一般的な睡眠障害のほかにも、睡眠時無呼吸症候群、レストレスレッグス症候群など、専門的な症例を持つ患者も訪れます。薫の仕事は、受付に座り、患者に対応するのがメイン。診察代の計算は宮田晴美が担当し、処置室では晴美の双子の姉妹・照美がてきぱきと患者を回し、診察をスムーズに進めていきます。眠れない人をさまざまな処方で、安らかな夜へと導いていく医師の姿に、納得させられるのではないでしょうか!