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『カナリヤは眠れない』 - 身体の悲鳴を聞き分け、治療に当たる整体師

「クリニックを扱った作品」の第二弾は、近藤史恵『カナリヤは眠れない』(祥伝社文庫、2020年)です。「本人に治す気がなけりゃ、おれのできることなんてほんの少しや」と言うのは、合田接骨院の合田力。それに対し、「患者さんを治す気にさせるのも先生の役目なんじゃないですか!」と言うのは、そこで働いている歩。合田は変人で、無愛想。でも、腕は抜群なのです。患者の身体が発する悲鳴を聞き分けるという不思議な力を持っているようです。関節や骨格などの歪みを施術で矯正するという整体師本来の役割を果たすだけではありません。加えて、買い物依存症摂食障害セックス依存症など、生きづらさを抱えて苦しんでいる人たちにも寄り添い、心身をほぐしてくれるのです。

 

[おもしろさ] 買い物依存症患者の悩みを溶かしていきます! 

本書の読みどころは、患者たちのさまざまな悩みを、文字通り根本から解決していく道筋を示している点にあります。ストーリー展開のなかで重要な部分を占めているのは、買い物依存症に苦しむ内山茜の症状、そして彼女を再生させるためのアドバイス・サポートにあります。大学を出て、東京の会社に就職した内山茜。クレジットカードで服を買うことに快感を覚えた彼女は、次第に「カード地獄」に陥っていきました。クレジットカードを使いすぎて、抱え込んだ借金は、もはや一人暮らしのOLの給料では返せるはずのない額に達していたのです。やむなく、実家の両親に泣きつくと、持っていた土地を売って、借金を返済してくれました。茜は、自分の手でカードを破棄。質素で、静かな生活を続けたあと、30歳になったとき、近所の人の紹介でお見合いをして結婚。相手は、墨田真紀夫39歳。「年こそ、十近く離れているものの、初婚でもちろん子どももない。大阪でレストランやバーを経営する青年実業家。年収だって普通の男性の数倍だ」。幸せなはずだったのですが、義母との葛藤から、また買い物依存症がぶり返し……。果たして、そんな彼女に対して、合田力は? また、自らの痛みをまっすぐに受け止め、克服することによってのみ得られる「強さと柔軟さ」への言及。この本を読んで良かったと思えるのでは? 

 

[あらすじ] 「寝違えとちゃうで、これ」

オリジナル新社に勤務し、『週刊関西オリジナル』編集部に所属している小松崎雄大27歳。睡眠時間は毎日5時間以下、食事も不規則、お酒も毎日飲み、タバコも吸うという人物。編集長から、「若い女性の金銭感覚のおかしさ」みたいなテーマを取り上げてほしいと依頼されます。取材で町を歩いているとき、突然立ち止まったことで、後ろの人と衝突。首を抑えてしゃがみこんでしまいます。近くに上手な接骨院があるので、「そこに行きましょう」と、ぶつかった女性・歩が声をかけます。朝から寝違えて首が痛いと感じていた雄大は、雑居ビルの屋上にある「接骨・整体 合田接骨院」で看てもらうことに。雄大に施術を行った合田力は、よくいままで放っておいたことに驚き、症状を説明します。「寝違えとちゃうで、これ」「脛骨と腰骨が右の方へずれている。一応、直しておいたけど、そういう癖がついているから、すぐに元通りになる可能性が高い。定期的に通って調整した方がいい。自分、普段いっつも左向く姿勢をとってるんちゃうか」と。通っているうちに、雄大は、自らの生活を見直すようになり、合田の処方の的確さに魅了されていきます。