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『神様からひと言』 - お客様相談室の相談員になると……

人は皆、わからないことで悩みます。そんなとき、だれかのちょっとしたひと言が大いに参考となることはけっしてまれではありません。いろいろな人の相談に乗り、適切なアドバイスを行うことをビジネスとして行う「相談所」や、組織の構成員・顧客などを対象にした「相談室」が存在するのは、そのためです。一方、相談所や相談室で働いている人にも悩みや不安があります。例えば、相談者とどう向き合えば良いのか、どのようにアドバイスをすれば寄り添うことができるのか、アドバイスの効果はどのようなものだったのか……といった具合です。もちろん、カウンセリングのやり方を解説したノウハウ本もたくさんありますが、実際に相談者の声や行動に接する場合、想定外だらけで、本に書かれた通りに対応できるとは限りません。それに対して、お仕事小説に出てくる相談者の声は、まさに想定されていないことの連続です。そのようなとき、相談員はどう対応しているのかを知ることは、多様な相談者と接する際、参考になるのではないでしょうか。今回は、相談室に焦点を当てた二つのお仕事小説を紹介したいと思います。

「相談室を扱った作品」の第一弾は、企業の「お客様相談室」を素材にした荻原浩『神様からひと言』(光文社文庫、2005年)。「お客様の声は、神様のひと言」を社是にしている中堅メーカー「珠川食品」の「お客様相談室」に異動させられた佐倉凉平。彼の目線で、相談室にもたらされる要望・意見・苦情の数々とともに、同社の「タテマエとホンエ」のズレをリアルに浮き彫りにした作品です。2006年12月24日にWOWOWから放映されたドラマ(主演は伊藤淳史さん)の原作本。

 

[おもしろさ] 電話の向こうからの怒り・嫌味・恨みと対峙して

本書の特色の一つ目は、顧客から寄せられるさまざまな要望・意見・苦情とは具体的にいかなるものなのかを明らかにしていること。二つ目は、「電話の向こうから叩きつけられた、怒り、そしり、嫌味、皮肉、愚痴、あてこすり、恨み、嘲り」などと直接対峙する相談員の苦労が臨場感あふれる形で描かれていること。三つ目は、そうした苦労の行き着くところにありえる「未来への希望」が描き出されていることにあります。

 

[あらすじ] 相談室は「リストラ要員の強制収容所」の位置づけ! 

業界大手の広告代理店からワケアリで、珠川食品に転職することとなった佐倉凉平27歳。同社は旧態依然としており、個人商店が訳も分からないうちにぶくぶく太ってしまったような会社です。入社4ケ月後、販売促進課に身をおく彼が新製品のネーミングに関わる会議に出席したとき、自分の意見を表明したことで、上司たちの反感を買い、「総務部お客様相談室」への異動を余儀なくされます。そこは、社内で「リストラ要員の強制収容所」と呼ばれているところ。同社の社訓は「お客様の声は、神様のひと言」。ところが、その実態は正反対。お客様相談室の実態は「いわば苦情もみ消し係」と揶揄されているのです。他方、相談者のなかには、まともな苦情もあるものの、ストレス解消が目的としか思えないようなクレーマーや、異物混入をねつ造して謝罪金を受け取ろうとするような輩も交じっています。「怒ってる相手とは汗だくで会うといいんだ。悲愴な感じが出るだろ。向こうもきついことが言いづらくなる」。最初は、いやでしょうがなかった凉平。が、まずは謝罪し、相手の口を塞ぐといった具合に、少しずつ対応のノウハウを学んでいきます。そして、懸命にクレーム処理を続けていくなかで、相談員としての「対応力」をパワーアップしていきます。やがて副社長にある案件で協力を依頼されるのですが……。