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『トヨトミの逆襲』 - EVの開発にこぎつけるまでの紆余曲折! 

「EVを扱った作品」の第三弾は、梶山三郎『トヨトミの逆襲 小説・巨大自動車企業』(小学館文庫、2021年)です。トヨタをモデルにして創業家とサラリーマン社長の確執を描いた『トヨトミの野望』の続編。「世界のトヨトミ」における2016年から2022年にかけての動きが扱われています。社内のドロドロとした内幕、創業家の社長である豊臣統一の言動・心の内、トヨトミの自動車製造に対する考え方などがクリアに描かれています。

 

[おもしろさ] 「2022年までにEVを量産化します」

2017年、「トヨトミ自動車は独自開発によるEV『プロメテウス・ネオ』を2022年までに量産化します。航続距離は単純走行で1000キロ、一般走行で600キロをめざします」と、記者会見で豪語した豊臣統一。実現への見通しがどの程度あるのか、定かではないにもかかわらずの公表でした。果たして、その目標はどのような紆余曲折を通して実現に向かっていくのか? 本書の最大の読みどころは、その点にあります。

 

[あらすじ] 忖度とイエスマンに囲まれながらも

物語は、豊臣統一が行う「なんとも不可解な朝の儀式」である社長邸での朝回り=記者との「接見」の描写から始まります。そこでは、許可を得た記者による「あたりさわりのない質問」だけが許されるのです。だれしもが知りたいと思っているデリケートな質問をしようものなら、統一の機嫌が損なわれ、記者の勤務先にクレームが入ります。それゆえ、トヨトミの意向を忖度した「提灯記事」ばかり、発信されることになります。「生まれながらのお坊ちゃん」で、「キレやすさ」では有名な統一。彼を取り巻く役員も、ほとんどは「イエスマン」。だれかが実現の可能性に疑問を唱えても、統一の思うまま、物事が決められていきます。だからこそ、2017年11月の上述の記者会見での「強行」とも言いえる発表が可能になったと言えなくもありません。忖度とイエスマンに囲まれながらも、トヨトミの将来を見据え、切り開いていく力量も兼ね備えているのでしょうか。統一は、彼なりの試行錯誤を経て、目標に邁進していきます。