「定年を扱った作品」の第五弾は、原宏一『極楽カンパニー』(集英社文庫、2009年)。会社べったりの生活に生きがいを感じてきた会社員にとって、定年とはいかなる意味を持つのでしょうか? ある意味、それは「生きがいの喪失」につながりかねません。この本は、そうした定年退職者の心中を踏まえて、やっぱり仕事がしたいという願望から、本物さながらに会社で働くことの真似事を始めてしまった定年退職者による「生きがい探し」の姿を描いています。
[おもしろさ] 定年退職者の心の空洞を埋めるメンタルケア装置
長きにわたって、日本経済を先導し、右肩上がりの成長を実現させてきた世代の人たちの多くは、定年を迎え、いまでは「第二の人生」を暮らしています。彼らのなかには、自由な時間ができたことの喜びよりも、働く場を失ったことの悲しみを痛感している人も多いのではないでしょうか! 会社人間だの、仕事漬けだの、「どこが悪いというんですか。結局、あの型にはまった会社べったり生活こそが、日々充実した楽しさの源泉だったと、わたしは本気で思うわけですよ」。そうした人たちの心中を如実に示しているのではないでしょうか。ただ、そうはいっても、なにか具体的なアクションを起こすとなると、非常にハードルの高い話になってしまいます。この本のユニークさは、定年退職者の心情をより発展させ、いわば心の空洞を埋める策として「会社ごっこ」を打ち出している点にあります。「一見、馬鹿げた遊びを始めたように見える。でも実は、単なる遊びという領域を超えて、いまどきの定年退職者が共通して抱えている心の空洞を埋める、メンタルケア装置になっているんじゃないかって」。
[あらすじ] 「会社ごっこ」が引き起こした大きな反響
東京都下のベッドタウンである姫ケ丘ニュータウンに住む須河内賢三と桐峰敏夫。二人は、定年を迎え、ヒマを持て余し、市立図書館に通っていました。ある日のこと、ちょっとした会話を交わすことに。「暇なもんですなあ……。図書館通いもこう連日だと、いいかげん、うんざりしてきますよ。とくにやるべき仕事があるわけじゃなし、旅行も飽きたしゴルフも飽きた。酒も弱くなったしナニも弱くなった。趣味もなければ特技もない。毎日読書と散歩と日記つけ。いやもう退屈で退屈で、これが待ちこがれた悠々自適の第二の人生なるものかと思うと、まったく、たまらなくなりますよ」。「結局、会社がないからでしょうなあ」。二人の会話をきっかけに、「会社ごっこ」を思いつきます。駅前の喫茶店をオフィスに見立て、毎日そこに「出勤」し、「働き」始めることに。その名も、「株式会社ごっこ」。だれもが本気で社員になり切り、本物の書類をつくり、本気で正確な金額をやり取りするようになります。ところが、この「会社ごっこ」は定年世代の男たちの熱い支持を受け、「予想もしなかった反響」を呼び起こします。さらには、「フェイク会社に勤務するという疑似サラリーマン体験」は会社人間として生きてきた多くの高齢者の心を癒し、大きな活力を与える」ことで、一大ムーブメントになり、全国に拡大していくことになるのです。