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『カツベン!』 - 黎明期における活動写真の魅力が浮き彫りに

ほんの少し前に新年を迎えたように思っていたのが、早くも1ケ月が過ぎようとしています。寒い日のアウトドア・スポーツも一興。温かい映画館で映画を鑑賞するのもまた、一興ではないでしょうか。そこで、今回は最近公開された「映画に因んだ作品」を二つ紹介したいと思います。一つ目は脚本をもとに小説化された場合、二つ目は映画の小説版として刊行された場合です。

2019年12月13日公開の『カツベン!』の脚本をもとに小説化されたのは、片島章三『カツベン!』(朝日文庫、2019年)。カツベンとは、活動弁士の略のこと。声優のはしりでもあります。無声映画の時代、登場人物のセリフに声を当て、物語を説明しながら独自の語りで観客を沸かしたのです。監督や俳優よりも人気のある弁士がたくさんいたのです。本書は、黎明期における日本の活動写真(映画)の魅力を多角的に浮き彫りにした作品に仕上げられています。映画の監督は周防正行さん。主演は成田凌さん、ヒロインは黒島結菜さん。

 

[おもしろさ] 華やかでにぎやかで、心浮き立つ活動映画の実況中継

この本の魅力は、なんと言っても、黎明期の日本の活動写真(=映画)の特徴点(弁士の語り口、弁士を取り巻く状況、映画作りの実態など)が随所で明らかにされている点。映画ファンならたまらない話のオンパレードなのです。もちろん、映画ファンでなくても、楽しめるシーンの連続といっても過言ではありません。当初は、常設の映画館はほとんどなく、活動写真の巡業隊がやってくると、各地に存在した芝居小屋が即席の映画館に。スクリーンに映像が映し出されると、着物姿の男女が数人並び、それぞれの登場人物に声を当てていきます。ちなみに、字幕があったので、最初からひとりの弁士で充分であった洋画の場合とは、対照的です。弁士の多くは、元旅回りの役者。舞台の横では、楽士たち(三味線、和太鼓、クラリネットなど)が陣取って演奏します。弁士の語り口の妙技が、観客の心をわしづかみにしたのです。さらには、撮影風景にも時代性が大いに反映されていたのも、興味をそそられます。例えば、録音装置がなかったため、役者はせりふを覚える必要がなく、口をぱくぱくさせておれば、事足りた。歌舞伎の流れが強く、女の役もすべて男が演じていたのが、大正7年ころから女優が起用されるようになった。フィルムの感度が低く、晴れたときしか撮影できなかった。またフィルムが高価だったので、途中で曇ったからといって、最初から撮り直すことはしない。ストップモーションの状態で晴れるのを待った。

 

[あらすじ] 活弁大好きの少年が一人前の弁士になるまでの苦難

大正4年京都府伏見町、尋常小学校4年生の染谷俊太郎が、「種取り」(映画のロケーション)に出くわすところから、物語が始まります。撮影現場を真剣なまなざしで見つめる俊太郎。やがて、運命の人となる栗原梅子と遭遇することに。「大好きな活動写真を好きなだけ観て、しかも拍手喝采を浴びてお金までもらえて……」。それに対して、梅子には、「活動の役者やりたい」という願いが。そんな二人がのちに、弁士および役者として再会を果たします。

 

カツベン! (朝日文庫)

カツベン! (朝日文庫)