経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『不毛地帯』 - 商社もまた時代の流れとともに変化していく

就職ランキングで上位を占めている業界のひとつに商社があります。高給取り、海外勤務、ブランド力などが、人気の理由になっているようです。とはいえ、多くの就活生のイメージは、「ラーメンからミサイルまで」と多彩な商品を扱うことや、商社ビジネスの基本は「モノを右から左へと動かして口銭を取る」ことといった、ごく常識的なレベルに留まっているようでもあります。商社が実際にどのようなビジネスを行っているのかについては、必ずしも十分には理解されてはいないのかもしれません。そこで、時代の変遷とともに大きく変化してきた商社の活動内容がよくわかる作品を五回に分けて紹介したいと思います。

「商社を扱った作品」の第一弾は、山崎豊子不毛地帯』(全4巻、新潮文庫、1983年)です。高度成長期(1955~73年)において、個人商店にすぎなかった繊維問屋「近畿商事」を近代的な「総合商社」に転換させた男・壹岐正の壮絶な物語。シベリアの捕虜収容所での過酷な生活ぶり、商社の業務活動、すさまじい国際商戦の中身、総合商社の経営内容など、興味の惹かれるストーリーと情報が満載です。主人公の壱岐伊藤忠商事瀬島龍三、鮫島辰三は日商岩井の海部八郎がモデルになっています。1976年に公開された山本薩夫監督の映画『不毛地帯』(出演は仲代達矢さん、山形勲さん)、1979年に毎日放送で放映されたドラマ『不毛地帯』(出演は平幹二朗さん、山本陽子さん)、2009年にフジテレビで放映されたドラマ『不毛地帯』(出演は唐沢寿明さん、小雪さん)の原作です。経済小説の最高傑作のひとつと断言できます! 

 

[おもしろさ] 「これからは組織で動く時代です」

高度成長の過程で、総合商社も大きな変化を余儀なくされます。重化学化路線が推進され、社長個人のリーダーシップではなく、組織で動いていく体制が作られていったのです。それは時代の流れにそくして言えば、ごくあたりまえなプロセスでしかありません。ところが、現実の企業のなかでそれが達成されるためには、血みどろの努力の積み重ねが必要不可欠であることまでには、なかなか考えが及ばないのではないでしょうか! 本書の魅力は、まさにその点を再認識させてくれる点に集約されると言っても過言ではありません。物語の最後の方で、辞表を懐にして、大門一三社長に辞任を迫る場面が出てきます。「会社はどうなるのや」という言葉に対して、壹岐が答えます。「組織です。これからは組織で動く時代です。幸いその組織は、できあがっております」と。

 

[あらすじ] 最大の功労者である社長の存在が大きな足かせに

11年間にも及ぶ過酷なシベリア抑留生活を終えて、1956年に帰国した元大本営参謀の壱岐正。繊維問屋から総合商社に急成長した「近畿商事」に大門一三社長の薦めで入社。航空機の売り込みや石油商戦などの激しい競争のなかで、純粋な心を持ちながらも、非情に生き抜き、異例の昇進をして、同社のナンバー3にまでなっていきます。ところが、近畿商事のさらなる飛躍を図ろうとするとき、皮肉なことに、同社の最大の功労者である大門一三が大きな足かせとなってしまうのでした。