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『外食王の飢え』 - ファミレスの登場

新しいモノやサービスが初めて登場するとき、世の中の人はどのような反応をしてきたのでしょうか? 非常に多くの人たちの反応は、けっしてポジティブなものとは言えませんでした。端的に言えば、反対するか、もしくは無視するかのどちらかだったのです。新しいモノやサービスの前には、常に乗り越えなければならない高い壁が立ちはだかってしまうことに。それゆえ、新規の商品(モノ・サービス)が導入され、定着していくには、推進しようとしたパイオニアたちの想像を絶する懸命の努力が不可欠でした。そうした先人たちの努力を知ることは、これから新しくなにかにチャレンジする人にとって「宝物」になるかもしれません。そこで、新年初となる今回のブログのテーマに「はじめて物語」を選びました。日本社会に初めて登場し、定着していった三つの商品(モノ、サービス)を扱った作品を三回にわたって紹介していきます。

「はじめて物語を扱った作品」の第一弾は、城山三郎『外食王の飢え』(講談社文庫、1987年)です。日本におけるファミリーレストランの創業・発達史を浮き彫りにした作品。江頭匡一によって創設された「ロイヤル」と、茅野亮・横川端・横川竟・横川紀夫の四兄弟によって創設された「すかいらーく」がモデルです。ロイヤルはレオーネ、すかいらーくはサンセット、江頭は倉橋礼一、茅野・横川四兄弟は沢三兄弟として登場します。

 

[おもしろさ] 時代環境 + 男たちの夢と野望 =「はじめて物語」

ファミレスの特徴とは、「一家で車で乗りつけられて、清潔で、手早く給仕され、ほどほどの味で、納得の行く価格で、くつろいで食べられる」こと。本書を読めば、そうしたレストランが産業として成立するためには、ふたつの条件整備が必要であったことがよくわかります。一つ目は、外食産業が定着するためには、モータリゼーションの進行、郊外居住者の増加、共働き世帯の増加、食生活のレジャー化といった諸条件の整備が必要とされたことです。二つ目として、そのような外食産業を確立させようとする人たちの夢と野望があったことです。そうした二つの条件がうまく絡み合ってこそ、ファミレスという「はじめて物語」が実現されたのです。では、ファミレスはどうして急速に発展しえたのでしょうか。それは、ベース基地とも言うべき「セントラル・キッチン」に起因しています。いったんそれを導入すると、採算がとれるようにするために、ますます多くの店を持たなければならなくなったからです。そのため、恒常的な「多店舗化」への渇望・飢えの拡大再生産が余儀なくされたのです。

 

[あらすじ] ひらめきはアメリカとの出会い! 

厳格な父のもとで育った倉原は、敗戦直後、九州・板付のアメリカ空軍基地でのコック見習いや基地の調達商人を経験する間に、駐留米軍の兵士たちの豊かな食事に驚嘆。これからの時代は食い物が中心になると直感します。アメリカの外食王ハワード・ジョンソンの伝記を読んで感動した彼は、税務署の査察、社員による背信行為、C商事の裏切りなどを乗り越えたあと、レオーネ系列の一番目の実験店をスタートさせます。四つの店をオープンさせたところで、セントラル・キッチンを構想。それに猛反対するコックの集団退職や、なにからなにまで自分で処理しないと気が済まない社長に対する社員の反発を克服し、レオーネを発展させていきます。他方、少年時代に満州での苦難の生活を経験した沢たち。やがて北多摩丘陵で小さな食料品店を開きます。が、大資本を背景としたスーパーの進出が原因で、売り上げが頭打ちに。お知恵を拝借ということで訪れたアメリカで沢修が目にしたのが、レストランのチェーン店。生き残りの手段は「これだ」と思ったのです。やがて厚木街道沿いにレストランをオープン。最初からチェーン店をめざしていたので、サンセットの第一号店としました。三店目に入った頃、やはりセントラル・キッチンを設置。将来レオーネが首都圏に進出してくる前に地盤を固めるべく、全速力で多店舗化を実現していきます。資金負担の軽いリース方式を採用。駐車場はゆったりとしたスペースを確保するものの、建物の方はそれほどお金をかけないで済ませます。こうして、レオーネとサンセットの熾烈な競争が始まります。

 

外食王の飢え (講談社文庫)

外食王の飢え (講談社文庫)