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『グランメゾン東京』 - 高級フレンチの「光と影」

ヨーロッパを代表する料理と言えば、まず浮かぶのはフレンチとイタリアンではないでしょうか。イタリアンについては、本ブログ(2022年5月31日、6月2日、7日)で紹介したことがあります。今度はフレンチ・レストランに注目してみたいと思います。パスタやオリーブオイルをふんだんに活用し、あまり手を加えないで素材の持ち味をそのまま生かした調理法。イタリアンの特徴です。それに対して、元来宮廷料理に端を発したと言われているフレンチの場合、乳製品を多用し、複雑で凝った料理法、食材の元の姿からは想像もできないほどに芸術的とも言える盛り付けなどが特徴とされています。もっとも、一口にフレンチ・レストランと言っても、高級フレンチからビストロ(気軽に使える食事処、日本流に言えば「大衆食堂」)まで、提供される料理は多種多様。それだけではありません。そこはまた、経営者、料理人(シェフ)、ギャルソン(給仕)、ソムリエ(ワインを選定する給仕人)、パティシエ(デザート職人)など、それぞれに固有の役割を有した人たちが協力して顧客に優れた料理を提供する「職場」でもあります。それゆえ、興味がそそられる人間紋様が浮き彫りにされる現場でもあるのです。今回は、高級フレンチおよびビストロを扱った三つの作品を紹介します。

「フレンチ・レストランを扱った作品」の第一弾は、黒岩勉(作)、百瀬しのぶ(ノベライズ)『グランメゾン東京』(上下巻、角川文庫、2019年)。三つ星をめざすシェフたちの懸命な努力、納得のいくレシピを開発するまでの険しい道のり、スタッフ間の愛憎混ざり合った複雑でドロドロとした心の内、ライバル店による陰湿な妨害など、高級フレンチの「光と影」がスリリングに描かれています。文句なしに楽しめるワクワクドキドキ作品! 2019年10月20日~12月29日、TBSの日曜劇場として放映されたドラマ『グランメゾン東京』の脚本をノベライズしたもの(主演は木村拓哉さん、出演は鈴木京香さん)。ご覧になられた方には、登場人物のセリフの数々を思い出させるのではないでしょうか! 

 

[おもしろさ] 星を獲るための条件

「安くてお腹いっぱい、家庭的で心温まる、店主の愛情いっぱいの一品、そういう店を私は否定しません。でも、フレンチシェフとして、より新しくておいしい料理を追求するなら、ミシュランの星をめざすのは当然」。高級レストランであれば、そのように考えるシェフがいてもけっして不思議ではありません。では、星を獲ろうとするのに必要な条件とはいかなるものなのでしょうか? 経営者=オーナーの志、シェフの力量、資金調達能力、有能なスタッフ、スタッフを一つの目標に向け、協力できるように仕向けていく力、良い食材の調達力などを挙げることができるでしょう。そうした諸条件のうち、どれかひとつでも欠けてしまうと、掲げた目標を達成することはできません。本書で示されているのは、まさにその点。それらの諸条件をひとつひとつ、どのようにしてクリアしていくのかという困難なプロセスを、読者はまさに疑似体験できる機会となります。

 

[あらすじ] 「俺が必ずあんたに星を獲らせてやるよ」

ミシュランの星が獲りたい!」。早見倫子49歳は、パリの三つ星レストラン「ランブロワジー」の採用試験に臨んでいました。調理テスト目前、あとで知ることになるのですが、尾花夏樹(3年前、パリで三つ星に最も近いと称されながらも、ある事件で失脚した「型破りのシェフ」。身勝手で、誰の意見も聞こうとしない不器用な人間)という人物から「俺の言った通りに作れば絶対に採用される」という触れ込みで、「レシピと調理方法」を告げられます。ところが、倫子は、自分の得意料理を作ります。結果は不採用。嘆く倫子。再会した尾花が作った料理に感動し、「自らの至らなさと限界」に気づきます。そんな倫子に、尾花が言います。「二人で世界一のグランメゾンを作るっていうのはどう? 俺が必ずあんたに星を獲らせてやるよ」と。かくして、東京に舞い戻った二人は、日本の食材を使う「グランメゾン東京」をオープンさせるため、邁進することに。