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『Iの悲劇』- 市役所職員、限界集落の再生に挑む! 

「市役所職員を扱った作品」の第三弾は、米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋、2019年)。6年前に無人と化した限界集落を再生しようとする「Iターン支援推進」。それは、市長が主導するプロジェクトです。ところが、担当部署に配属されたメンバーたちの行動には、相反するとしか思えないチグハグ感を伴っていたのです。それは、なぜか? 

 

[おもしろさ] 限界集落の再生が本当に必要なのか? 

過疎化に悩まされている地方の市町村にとって、新たな移住者の受け入れは、将来における存続の可否を決するきわめて重要な課題になっています。その必要性を訴える市長の下で、Iターンの支援促進が実施されるのは、ごく自然の流れと言うことができます。しかし果たして、そのプロジェクトは本当に必要なのか? 「行政は、そこに市民が一人でも住んでいるのなら総力を挙げて生活を支える。インフラを整備し、ゴミを収集し、道路を直して住民が生きていけるようにする。行政はそのためにあるからだ。けれど、集落が無人になるなら、これは夢のような出来事だよ。その地域への支出をほぼすべて停められるんだからね」。本書の魅力は、一般的に考えられている考え方とは真逆の「ホンネ」を物語の形で示している点に凝縮されています。

 

[あらすじ] 移住者たちは、定着することなく去っていった

南はかま市において、限界集落・蓑石を再生しようとするプロジェクトを担うのは、「甦り課」と名付けられた部署。課長の西野秀嗣、観山遊香、万願寺邦和の三名が配属されています。同課の業務は、蓑石に新しい定住者を募ること。市外からの新規転入、つまりIターンの支援と推進を図ることです。しかし、時計を見なくても定時が分かるという特技を持った、課長の西野は頼りになりません。観山には「初対面から他人の懐にするりと入り込む奇妙な才能」があるのですが、なんと言っても、まだ新人なのです。どうしても、キャリアがあり、事実上のプロジェクトリ-ダーでもある万願寺の仕事量だけが増えていきます。すでに12世帯の招致が決定。ところが、最初に移住してきた二世帯は、不可解な火災が発生したことで、早々に退去していきます。その際の西野課長の行動は、定住を促進するという本来の業務からすれば理解にしにくいものでした。定住者の退去を促すものだったからです。その後に移住してきた十世帯も同じように、いろいろなトラブルに見舞われることになります。

 

Iの悲劇 (文春e-book)

Iの悲劇 (文春e-book)