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『トラットリア代官山』 - 本で味わうイタリア料理

わが国で西洋を代表する料理として定着しているフレンチとイタリアン。ソースが「命」と言われるように、複雑に調理された凝った料理が多いフレンチとは異なって、あまり手を加えず、素材の持ち味を活かした調理法が基本のイタリアン。素材を活かすという点では、和食にも通じるところがありそうですね。また、イタリアンの定番であるパスタ、ピザ、オリーブオイルなどは、日本人の食生活に欠かせない食材として定着しています。今回のテーマは、そうしたイタリア料理を楽しめるレストラン(イタリア語では「リストランテ」。なかでも大衆向けの雰囲気を持つ家庭的なレストランは「トラットリア」と称されています)。「イタリア料理:」というサービスの「生産者」(レストランを運営する人、料理を提供する人、ホールで働く人)と「消費者」(顧客)によって作り出される「小世界」を探るべく、オリジナルな店づくりに注力するイタリアン・レストランを素材にした作品を三つ紹介したいと思います。

「イタリアン・レストランを扱った作品」の第一弾は、斎藤千輪『トラットリア代官山』(ハルキ文庫、2019年)です。華やかさと古き良き時代の面影が混在する代官山。その路地裏に佇む「トラットリア代官山」。店を取り仕切るのは、男装の女支配人・大須薫と、天涯孤独の年下辣腕シェフ・安東怜。イタリアン・レストランの雰囲気、働いている人の心意気、仕事に対する情熱(料理の分析と研究)、そしてイタリア料理の真髄に触れることができる作品。

 

[おもしろさ] 「京野菜と創作イタリアン」へのこだわり

本場イタリア料理のフルコースはと言うと、アペリティーボ(食前酒)-ストゥッツィーノ(食前酒のおつまみ)-アンティパスト(前菜)-プリモ・ピアット(一番目のお皿:パスタ、ピザ、リゾット)-セコンド・ピアット(二番目のお皿:肉料理、魚料理)-コントルノ(野菜などの付け合わせ)-フォルマッジョ(チーズ)-ドルチェ(デザート)-ディジェスティーボ(食後酒)の九つから構成されています。実際には、省略されたり、まとめられたりするので、それらすべてを提供するケースは極めて稀なケースと言えます。実際のところ、日本のイタリアン・レストランでは、日本人の味覚や食事量に合わせる形で、店独自なアレンジ・工夫を施すのが当たり前になっています。コースと言っても、提供される料理のコンテンツには、多様なヴァリエーションがあるわけです。本書の魅力は、そうした九つの構成要素をベースにしつつも、「旬の京野菜有機野菜)」と「創作イタリアン」を前面に出した店づくりを展開している「トラットリア代官山」流のアレンジの仕方を堪能できる点にあります。味わうシーンを想像しながら読んでいくと、思わず「おいしそう!」という言葉を連発してしまいそうになるでしょう! 

 

[あらすじ] お客様の心に響くレシピの数々

トラットリア代官山には、「刹那の口福感」を求めて、さまざまな事情を抱えるお客様が訪れます。そんなお客様に心づくしの料理を提供することで、悩みの一端を和らげたり、励ましたり、ときには問題を解決したりするのが、訳ありの女支配人(ディレットリーチェ)の大須薫と、料理長(カポクオーコ)の安東怜のコンビ。お客様は、「おいしさ」を感じるなかで、苦労・疲労・嫌悪感・劣等感といった「黒い感情の粒たち」が溶け、流されていくのです。では実際に、どんな悩みを持った人物が客として、トラットリア代官山を訪れ、提供される料理と二人の行動でいかなる癒し・励ましを得ることになるのでしょうか?