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『しゃべれども しゃべれども』 - プロの落語家とアマチュアの落語家

テレビ、寄席、舞台などで視聴者や観客を笑わせてくれるプロの落語家。歯切れのいい語り口、ほがらかな表情……。日常的にもさぞかし楽天的なキャラクターの持ち主のように思われがちです。ところが実際には、品と味を兼ね備えた落語を求めて悪戦苦闘を繰り返したり、落語家同士や他人との付き合いに神経をすり減らしたりして、およそ笑いとは縁遠い毎日なのかもしれません。また、「失敗するかもしれない。間違えるかもしれない、絶句するかもしれない。誰一人として笑わず赤恥をかくかもしれない」といった不安を抱え続けているかもしれませんね。他方、そんなプロの落語家の芸に触れることで心を癒されるのにとどまらず、自らも落語にのめり込み、生きる喜びを見出していくアマチュアの落語家。そうした二つのタイプの落語家を描いた作品を二点紹介したいと思います。

「落語を扱った作品」の第一弾は、佐藤多佳子しゃべれども しゃべれども 』(新潮文庫、1997年)。プロの落語家の世界がリアルに描かれています。前座よりもワンランク上、真打ちよりもワンランク下の「二ツ目」の噺家(=落語家)である今昔亭三つ葉。頑固で短気、しかも女性の気持ちにはとことん疎い。落語の最中に座布団上で経験する「迷い」「間違い」「ごまかし」「恐怖」なども含めて、落語家の「等身大的苦悩」が描写。2007年5月26日に公開された映画『しゃべれども しゃべれども』(監督は平山秀幸さん、出演は国分太一さん、香里奈さん)の原作。

 

[おもしろさ] 演目を究めるための努力と工夫

本書の特色は、落語家の世界のキホンがおおよそわしづかみできる点にあります。例えば、①「前座を三年から五年つとめ、二ツ目を十年前後やってようやく真打ちに昇進する」という落語家の昇進制度、②師匠と弟子の関係、③独演会、二人会、親子会、一門会、勉強会、地方興行のほか、定席のない日の寄席として公民館、小劇場、寺などの仕事をする場の開拓、④江戸、明治の頃に生まれて語り継がれてきた噺である「古典」と、昭和の柳家金語楼を開祖とする創作落語である「新作」からなる二つのジャンル、⑤特定の演目を究めるための地道な努力と工夫、⑥落語の歴史など……。

 

[あらすじ] 不安だらけの落語家がワケアリ人間に落語を教える

18歳のとき、今昔亭小三文師匠の内弟子に入って、21歳で二つ目になり、五年目の三つ葉26歳。「古典しかしゃべらない」と決めています。師匠からは「三つ葉にしかできない」世界を切り開けとはっぱをかけられるものの、なかなかその境地には達することができず、あせりや不安を感じています。そんな彼が、①内気で対人恐怖症の綾丸良、②無愛想で普通の会話が成立しない十河五月、③関西弁を話す生意気な少年・村林優、④「監督にたてつき、チームメイトと喧嘩し、フロントともめる」と噂された元野球選手で、話が大の苦手という湯河原太一という四人の「ワケアリ人間」たちを相手に、月三回くらいのペースで話し方の指南=落語教室を行うことに。