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『社長になれなかった男』 - 問題対応の「功労者」であるにもかかわらず

「社長を扱った作品」の第四弾は、松村直幹『社長になれなかった男』(風雲舎、2009年)。食品トラブルがなぜ起こり、どのように推移したのか? 食品会社における危機管理や社長の役割の重要性が浮かび上がります。北海水産は、小林多喜二の『蟹工船』のモデルになった名門食品会社。同社の歴史・社風・体質に関する叙述が満載されています。実話に基づいた企業ドラマ。

 

[おもしろさ] 食品トラブルをめぐるドロドロ劇

突如として起きた重大事件の矢面に立たされた、北海水産の専務取締役営業本部長の松川一直。きっかけは、同社が毒まんじゅうを回収し転売したという新聞記事です。マスコミによる一方的な報道を契機に、次から次と息をつく暇もなく問題が発生。株価の下落、農水省からの呼び出し・事情聴取、シェアの低下、得意先からの批判などで、会社は大混乱に陥ります。しかも、他力本願的な田山龍治社長や幹部社員との確執も深刻だったのです。本書の読みどころは、食品トラブルで表面化した社内のドロドロ劇が描かれている点にあります。

 

[あらすじ] 事件の発端となった新聞記事

松川は、ある恐怖感にさいなまれていました。毎朝、新聞を開くのが怖かったのです。半面、新聞に出ることはまあないだろうと、無理やり自分を納得させていたところがあります。その日も、「一日何事もなく過ぎそうだな」と安堵の胸をなでおろしていました。ところが、午後7時半ごろ、部下の営業企画部長から経済産業新聞に毒まんじゅうの回収・転売に関する記事が出たとの報告が入ります。直後に開催された緊急会議。田山社長、小野武雄副社長、鈴江透(水産担当)、松川専務(加工品担当)などの役員や大和田稔弁護士を交えた会議では、松川の責任を強く追及する意見が出されました。しかし、落ち着いた結論は、彼の提案に沿い、「誤報」という考え方で、明日の記者会見に臨むというものでした。が、「本当の地獄がここから始まる」ことになります。「なぜこのような記事が経済産業新聞にスクープされたのか、北海水産は記事に書かれるような問題がなぜ、発生したのか。どんな背景があったのか」!