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『今はちょっと、ついてないだけ』 - 時代の変化に合致した形での写真家の再出発

「中年男性の再出発を扱った作品」の第二弾は、伊吹有喜『今はちょっと、ついてないだけ』(光文社文庫、2018年)。バブルの時代、「自然写真家(ネイチャリング・フォトグラファー)のタチバナ・コウキ」としてもてはやされた立花浩樹。ブームが終わると忘れさられ、多額の借金の返済に追われるうちに、40代になっていました。自分の人生で本当にやりたいことを見出し、再出発するまでの経緯が描写されています。本書は、そんな立花浩樹を中心に、いずれも行き詰った人たちの苦境とそこからの再出発への模索が描かれる「連作短編集」です。

 

[おもしろさ] 「生きづらさ・辛さ」→「あがきと希望への渇望」

本書の特色は、人生に行き詰った人や「負けてしまった人」の「生きづらさ・辛さ」とともに、そこから脱却を図ろうと模索する人たちの「あがきと希望への渇望」が見事に浮き彫りにされている点にあります。七つの短編の軸になっているのは立花浩樹。彼との交流を通して、それぞれの主人公の再出発が語られているところも、大きな特徴と言えるでしょう。

 

[あらすじ] 一世を風靡した自然写真家は、一挙に忘れられ、そして……

20年前、立花浩樹が所属していた個人事務所社長は巻島雅人。80年代中頃からプロデューサーと名乗り、各種のイベントやパーティを手掛けていました。その巻島に見いだされたのは、浩樹がまだ東京の私立大学の探検部で活動をしていたときのこと。浩樹は、「ネイチャリング・シリーズ」と呼ばれる特別番組に「ネイチャリング・フォトグラファー」として秘境の撮影旅行に出るという設定で出演したのを皮切りに、一躍人気を博した自然写真家として知られるようになります。20代半ばはまさに「人生の絶頂期」だったのかもしれません。しかし、バブルの崩壊とともに、急速に忘れ去られていきます。しかも、投資に失敗した巻島は多額の借金を残して自己破産。負債はすべて連帯保証人となっていた浩樹に負わされたことで、全財産を失った彼は、田舎に帰る羽目に。それからの15年間は借金の返済のためだけに生きてきたのです。日中は精密機械の工場で働き、それが終わると深夜まで宅配の荷物の仕分けをして月々の返済に充ててきました。出費を極限まで切り詰めたこともあって、3ケ月前にはついにすべてを払い終えたのです。ただ、勤めていた工場が閉鎖になり、昼間の職を失います。ハローワークで仕事を探しても、思うような仕事は見つからず、パチンコに興じるように。そんなとき、母と同じ病院に入院していた宮川静江に頼まれ、写真を撮ることになります。それを契機として、再び、写真の世界に足を踏み入れることに。とはいえ、カメラを一切持たなかった15年間の空白は想像以上。果たして……?