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『バベルの階段』 - 都市銀行における「バブル対応モード」の設定と崩壊

「バブルの時代を扱った作品」の第四弾は、北沢栄『バベルの階段』(総合法令、1994年)。不動産会社・証券会社とともに、バブルの主役を演じたのは「銀行」です。金融自由化、プラザ合意円高内需拡大、低金利、カネ余りと続いたのは1980年代。本書では、都市銀行大手(富友銀行)のエリート銀行マン・田村一路の目線から、同行がバブル経済の渦中に突入していく有様が余すところなく描かれています。銀行の立場から、なぜバブルは起き、そしてはじけたのかがよくわかります。

 

[おもしろさ] 「推進者」の心の変化が如実に示されている

浜田京介・富友銀行頭取の極秘の要請を受け、今後の銀行の進むべき道を示すことを求められた田村一路。数々の施策が提案され、実施されていくのですが、それらをまとめると、「よりスピーディーな融資」と「金融のカジノ化」というキーワードになります。つまるところ、富友銀行におけるバブル対応モードの整備にほかなりません。非常に興味深いのは、頭取の信頼を一手に担うようになった、「バブル対応モードの推進者」とも言うべき田村の心のなかに、大きな変化が認められるようになったことです。具体的には、「他者の弱みとか、痛みとか、困惑にはだんだん鈍くなり、代わって、『強者の論理』-権力を握って、自分のやりたいことを実現する。また、そうする権利が自分にはあるのだ-といった思い上がりが、心を支配するようになった」のです。その結果、相思相愛の仲であった同僚の弓田明美を捨て去り、頭取の紹介する大物代議士の娘との縁談を承諾してしまいます。

 

[あらすじ] 「どんどん貸しつけるから、不動産と株を買え」

田村の提言を受け、浜田頭取は、どのようなことを行っていったのでしょうか? まず、関西を地盤に多くの店舗を有するものの、放漫経営と内紛でゴタゴタ続きの大阪相互銀行を吸収・合併し、個人預金という一番低コストの預金を拡充する手段を確保します。次に、旧態依然の状態にある営業活動をより活性化するため、①営業の意志決定をできる限り短縮させるために審査部を縮小させること、②これからも価格の上昇が期待できるので、しっかりとした担保と考えられる土地と株を重視した貸し出し先の開拓、③支店長の権限で貸し出し可能な限度額の引き上げなどを実施に移します。「どんどん貸しつけるからビルを建て、不動産と株を買え」というわけです。バブルへの演出が開始されたのです。その後、投資の対象として、不動産と株に加え、美術品、特に絵画が付け加えられるとともに、リスクの伴う融資には、別会社のノンバンクや住専が最大限に活用されていきます。投資の対象は、都心の一等地から始まり、郊外から地方都市へと広がり、日本列島のみならず、さらには海外の不動産へと拡大していったのです……。