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『バブル・ゲーム調書』 - 土地狂乱に踊らされる人たちのあくなき欲望

「バブルの時代を扱った作品」の第二弾は、森哲司『バブル・ゲーム調書』(新潮社、1992年)。バブルの絶頂期、土地の価格はうなぎのぼりに上昇。「土地ころがし」や「地上げ屋」という言葉が流行しました。日本で最初に地上げの実態を日刊紙に紹介したのは、1985年9月23日付けの『朝日新聞』のようです。その頃から本格化する土地狂乱劇の裏側で展開される人間ドラマと、土地を通じてうごめく人々のあくなき欲望の構図が示されています。著者は朝日新聞社の元記者。

 

[おもしろさ] バブル期人間ドラマの諸局面

本書の特色は、バブル時代における人間ドラマの諸局面が余すところなく描かれている点にあります。①土地を購入し、それを瞬時に転売するという二通の売買契約書を作成することによって、差額を懐に納める「土地ころがし」の実態、②そうして得た利益を幽霊カンパニーに支出したことにして本体の利益を減らし、税金を払わないようにする悪知恵、③国有地を利用した優遇措置の制限や民間への処分の緩和を打ち出した国有財産審議会の答申や、マンションの建て替えを容易にさせるマンション法の改正により、不動産業界が熱くなったという指摘、④投機が悪いことはわかっていても、「一緒に走らないと自分だけが取り残される。みんなで渡れば怖くない」という当事者の心境、⑤投機資金の提供に消極的であった銀行の態度が一挙に積極的な姿勢に方向転換し、新規の土地融資先を求めて激しい競争を繰り広げるようになったことの描写などを挙げることができるでしょう。

 

[あらすじ] 「拘置所知的水準」が史上最高?!

物語の始まりは、刑務所内の描写。そこには、銀行屋・株屋・地上げ屋はもちろんのこと弁護士、税理士、会計士、不動産鑑定士、病院長、運送屋などのバブル人脈が一堂に会していました。「拘置所知的水準」が史上最高に達していたとか。登場人物は、①不動産ブローカーのたまり場になっている、宅地建物取引業を営む夢企画の夢野洋社長、②財閥系不動産会社のオーナー・黒岩万策、③荒瀬商事に勤務する若いサラリーマン・伊達真一(都心の一等地の売買仲介を成功させることで一躍要職に抜擢される)など。いずれも、だれかが仕組んだバブルに乗せられ、翻弄され、やがて捨てられた「バブルの落とし子」たちである。地上げというと、住民側の結束が強固で、簡単には土地の買収に応じない場合に、「暴力を行使して強引に立ち退かせてしまうやり方」がイメージされるのではないでしょうか。しかし、それ以外にも、節税相談をベースにしたケースや詐欺に起因するケースなど、いろいろなやり方があったことが示されています。