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『アナウンサー辞めます』 - 53歳でプロ野球選手をめざした男

「中年男性の再出発を扱った作品」の第三弾は、横山雄二『アナウンサー辞めます』(ハルキ文庫、2022年)。プロ野球選手になることを夢みていた高校球児の太田裕二。53歳になったいま、広島で地方局のアナウンサーとして活躍しています。それが、定年まであと7年であるにもかかわらず、かつての夢の実現にもう一度挑戦したいと考え始め、動き出します。果たして、彼の再出発は? アナウンサーとプロ野球選手のお仕事にも理解が広がる作品に仕上げられています。

 

[おもしろさ] 夢と現実のはざまで揺れ動く中年男の心の内! /h4>

本書の魅力は、夢と日常・現実の間で揺れ動いたり、夢想を繰り返したりする中年男の偽らざる気持ちがリアルに描かれている点にあります。いくつか紹介しましょう。「縁あって今の会社に入ったけど、当たり前のように定年までやり切るってことが果たして正しいのか?」。会社を辞めたいと思ったことはあるが、それを食いとめたのは「新しい職場に対応できるかへの不安だったり、今の場所にいれば、ある程度、先行きが見えることへの安心感だったりした。結局、勇気がなかったり、能力が足りないヤツだけが、ここに残っているんじゃないか? そんな気すらした。臆病者のオレには、そんなチャンスすら来る気配もない」。「オレにも今の感情が上手く説明できないんだよ。どうせなら砕け散りそうなことにチャレンジしたくなったんだよ。なんていうか、リスクを避けながら生きていくことが、自分の可能性にとって、一番のリスクかなって感じかぁ」。「オレは新聞を広げながら、『満たされた気持ち』と『夢を叶えた虚無感』が混在する不思議な感覚に戸惑っていた」。

 

[あらすじ] 「21世紀枠」という発言から始まった夢への挑戦

太田裕二の担当するラジオの生ワイド番組『金曜フライデー』は、リスナーからのメールを中心に、週末の行楽情報やお天気、交通情報などを届けています。午後1時から5時までの4時間、世の中の森羅万象を軽快に語り、毒舌や下ネタを織り交ぜながら進行させていきます。17年間続くその長寿番組のおかげで、広島ではちょっとした有名人。とはいえ、野球をやる側から伝える側に回ろうということで、広島の地方局にアナウンサーとして入社したにもかかわらず、プロ野球の実況とはいっさい無関係の仕事ばかり。もちろん、アナウンサーという仕事には精いっぱい取り組んでいます。ただ、「生涯、野球に関わっていたい」という気持ちを抑え込むことができずにいます。かといって、不燃焼の気分を払しょくさせる勇気もなく、なんとなく過ぎていくという毎日なのです。ある日、35年ぶりに訪れた出身高校で、野球部員の練習にコミットし、「オレはやっぱり野球が好きだ」という気持ちを再認識。そのうえ、「21世紀枠」で春の選抜高校野球に出場を果たした横川高校が甲子園で大活躍したことを受けた、太田の発言に端を発し、「すべての職業に21世紀枠を」という流れが生まれ、なんとプロ野球球団にも21世紀枠が新設されていくことに。こうして、「21世紀枠」の提唱者となった太田裕二は、退路を断つべくアナウンサーをやめ、「夢への挑戦」の本格化させます!