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『価格破壊』 - スーパーマーケットの定着を阻んだ高い壁

「企業をモデルにした作品」の第六弾は、城山三郎『価格破壊』(角川文庫、1975年)です。この本は、日本にスーパーマーケットを定着させる過程で大きな役割を果たしたダイエーと、その創業者で流通革命の旗手と称された中内功をモデルにしています。同社は、クスリの安売りから事業を始め、徐々に扱う商品を増やし、総合スーパーに成長していったのです。「価格破壊」という言葉が世の中で使われるようになる契機になった作品。経済小説の古典的名作の一つと言えるでしょう。

 

[おもしろさ] 流通革命の渦中をリアルに「再現」

いまでは、売るモノの値段を小売業者が決めるのは、再販価格を除けば、当たり前のことになっています。ところが、1957年当時はまだ、メーカーが最終的な小売価格を指定してくるケースが極めて多かったのです。その結果、高い価格が設定され、旧態依然の商売のやり方を堅持し、経営努力とは無縁の「殿様商売」がまかり通っていました。日本で流通革命が引き起こされたのは、そのような環境下においてでした。流通革命とは、従来型の「対面販売」からセルフサービス方式への転換を意味します。その背景には、高度成長によって、大量にモノが生産されるようになったという事実があります。モノが大量に生産されると、販売のほうでも、大量に売っていく仕組みが必要になってきます。スーパーの登場・発展は、そうした社会的なニーズに合致していたことになります。経済や商業の通史で説明される流通革命は、以上のようなものになるのですが、流通革命の渦中にあった人たちが引き起こした「推進・賛成・反対・妨害」の具体的な実像に肉薄した本は皆無に近いのです。この本の魅力は、まさにそうした欠落部分をカバーしてくれる点にあります。このように、同時代を生きた「人々の生の声・表情・反応」に接することができることもまた、経済小説の魅力のひとつなのです。

 

[あらすじ] 総合スーパーへの発展に続く闘いの道のり

メーカーとの間で、熾烈な戦いが展開中内をモデルとした矢口は、東京西郊の住宅地でクスリの安売りを始めました。客には大評判で、陳列したクスリは飛ぶように売れました。しかし、悩み事も多くありました。最大の難問は、メーカーとの闘いでした。メーカーは、店で売ったクスリの箱の製造番号から流通経路を突き止め、その問屋を脅すので、二度と売ってくれなくなるからです。それは矢口の行動を阻む高い壁だったのです。そのため、矢口は、クスリを仕入れるために、全国の問屋を廻ることを余儀なくされます。フィリピンの戦場で九死に一生を得た経験を持つ矢口は、これしきのことではへこたれなかったのですが、事業は破綻寸前に追い込まれていきます……。

 

価格破壊 (角川文庫)

価格破壊 (角川文庫)