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『頭取の権力』 - 「権力の魔性」にとりつかれる

一般の会社でトップに当たるのが社長。ところが銀行の場合、そのトップは頭取と呼ばれています。それは、明治5(1872)年に制定された国立銀行条例において、銀行の代表者を「頭取」とすると定められたことに端を発しています。字面を見ると、「トップ=頭を取る」というイメージが湧き起こってくるかもしれません。事実、頭取をめざす人たちによる激しい権力争いは、経済小説においても格好のテーマになっています。今回は、頭取を扱った三つの作品を紹介します。

「頭取を扱った作品」の第一弾は、清水一行『頭取の権力』(角川文庫、1995年)です。大阪に拠点をおく大手都市銀行の頭取になった男。人間臭い庶民な人柄が権力の魔性にとりつかれて次第に変わっていきます。その変化のプロセス、「恐怖政治」の実態、その末路が描かれています。権力者の横暴・老害を扱った作品としてはまさに「ピカイチ」! 経済小説の「古典的名著」と呼ぶのにふさわしい一冊です。

 

[おもしろさ] 時代がわかり、人物もわかる

大銀行の傘下に入っていれば、銀行のメンツもあり、「企業が倒産するということは絶対にない」。いまでは考えられないことが起こっていた高度成長期~安定成長期。大蔵省による大手都市銀行に対する指導方針は、「護送船団方式」と呼ばれ、都市銀行13行の運営は全部同じ条件でやりなさいというものでした。本書の特色は、第一にそうした銀行を取り巻く時代状況を理解できる点であり、第二に、好人物でも、いったん「権力の魔性」に取りつかれてしまうと、チェック機能が働かなくなり、「老害」をまき散らす最悪の人物に「変異」してしまうという危険性を描き切っている点にあります。時代がわかり、人間もわかる。そんなおもしろみのある力作です。

 

[あらすじ] 当初は、正義感に満ち溢れた人物だった! 

シベリア体験を有する主人公の中田太郎。元来、頭脳明晰の青白いインテリ銀行マンではなく、終始一貫、西阪銀行の営業部第一線にあって「突撃隊長」のような人物でした。そのうえ、「理不尽を押し通そうという者には、我慢ができない」という正義感を持った人物でもあったのです。しかし、1977年春、当初は「一期二年だけ」という西崎会長との約束で頭取に祭り上げられた中田。やがては自分の派閥を形成。そのことで、自分の行動が回りの部下たちの運命をも左右するようになっていく。今度は自分だけの意志では、頭取のポストを簡単に投げ出したりすることができなくなってしまう。中田の在任期間はズルズルと長期化。と同時に、「誰にも逆らうことができない人事権」を掌握することによって、中田の内面で、権勢欲が次第に膨らんでいかざるを得なくなっていったのです。さらには、取り巻き連中の耳ざわりのいいお追従。こうして、反対派の役員は、次々に社外に追放され、「恐怖政治」が開始されたのです。

 

頭取の権力

頭取の権力