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『小説土佐堀川』 - 明治の女性実業家・広岡浅子の人物像 

放映中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』。渋沢栄一をはじめ、五代友厚岩崎弥太郎など、近代日本の経済的な基盤を創った実業家が登場します。渋沢は元幕臣、五代は元薩摩藩士、岩崎は元土佐藩士と、いずれもれっきとした武士の出身。皆、男性です。当時はまだ、実業家と言えば、イコール男性だったと言っても過言ではありませんでした。それゆえ、武士ではなく、商家の出身、しかも女性の実業家という点で、広岡浅子の存在は際立っていたのです。「七転八起」の上をいく「九転十起」のがんばりで、大阪の豪商加島屋を切り盛りし、炭鉱、銀行、生命保険業を手掛け、日本初の女子大学である日本女子大学の創設にも関わった彼女。まさに興味津々の連続! その生涯を描いた作品を二つ紹介します。

広岡浅子を扱った作品」の第一弾は、古川智映子『小説土佐堀川-女性実業家・広岡浅子の生涯 [新装改訂版] 』(潮出版社、2015年)。明治を代表する女性実業家・広岡浅子(1849~1919年)の伝記小説。波乱万丈の生涯がリアルに描かれています。2015年後期にNHKで放映された連続テレビ小説『あさが来た』(主演は波留さん)の原案本。

 

[おもしろさ] 疾風怒濤の時代の流れもリアルに描写! 

本書の最大のおもしろさは、波乱に満ちた彼女の生涯そのものの描写にあります。さらに、彼女の視線で明治という疾風怒濤の時代の流れや近代日本の創設プロセスがリアルに描かれている点もまた、大きな魅力となっています。例えば、幕府や諸大名に膨大なお金を貸し付けている両替商たちは幕末から明治に至る動乱・混乱をどのように受け止め、その多くが倒産の憂き目に遭遇したのはなぜか? 炭鉱業や銀行業を当時の人たちはどのように見ていたのか? 

 

[あらすじ] 危機感のない信五郎と先行きの暗さに心を痛める浅子

京都の豪商・油小路三井家(三井十一家の一つ)に、六代目三井高益の娘として生まれた広岡浅子は、大阪の両替商・加賀屋広岡家に嫁ぎました。夫の信五郎は、謡曲茶の湯だと毎日が趣味三昧の生活で、出歩いてばかり。「浅子はん、商いのことには気いつかわんといてや。番頭もぎょうさんいることやし……加島屋の身代はびくともせんのや」と信五郎。使用人ものんびりしており、なににつけても、無駄が多すぎました。表面的には、繁盛していたのですが、浅子の目には、「早晩、加島屋の店は立ちゆかなくなる」と映っていたのです。危機感を感じた浅子は、商いの状態を知りたいと思い、大福帳に目を通すようになります。加島屋八代目広岡久右衛門正饒(まさあき)が病にかかってからは、夫を支えつつも、加賀屋の事実上のリーダーとして、筑豊の石炭事業、銀行設立、大同生命の設立といった大仕事を成し遂げていきます。そうしたなか、浅子が銀行業に乗り出すときに相談に乗ったのが渋沢栄一、炭鉱業に乗り出したとき、力づけたのが五代友厚でした。