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『神の狩人』 - 近未来の探偵とは? 

「探偵を扱った作品」の第二弾は、柴田よしき『神の狩人 2031探偵物語』(文藝春秋、2008年)。老人問題、人口減少、整形、自殺、ドラッグなど、現代の「闇」が凝縮された2031年の東京が舞台。20年前に引退した風祭恭平の助けも借りながら、難題に立ち向かう「何でも屋」の私立探偵・植野サラの活動ぶりが描かれています。また、依頼人との距離感の保ち方という探偵特有の悩みに関して、踏み込んだ指摘もなされています。例えば、依頼人の受ける精神的打撃など一切無視して「本当のことを報告する」のか、それとも「調査は失敗でしたと報告して調査を打ち切るか」という二者択一しか採るべき道がないと述べられています。探偵も大いに悩むわけですね。

 

[おもしろさ] 依頼人の心情との向き合い方で揺れ動く探偵魂

2031年の近未来と言っても、浮気調査、素行調査、ネットゴシップ調査など、探偵事務所に「依頼される案件」は、いまとあまり変わりばえはしないようですね。しかし、ちょっと風変わりな依頼の数々は、やはり近未来性を感じさせるのに十分なコンテンツになっています。本書の魅力は、探偵に対する依頼が2031年にはどのようになっているのかを明らかにしていること。また、近未来社会を特徴づける、いまとは異なる多くの事象にも言及されている点も、読者の好奇心を満足させてくれることでしょう。例えば、①高齢者の在宅業務が一般化し、「田舎」に定住する新参者のみのニュータウンが各地で爆発的に造成。②個人情報はすべて登録番号制。③リニアカーが営業。④自分の好みの声や顔を持つ人工知能をネット教師にして勉強。⑤私立探偵に免許制度が導入。その代わり、行動の自由は大きく阻害。警察の下請け的な成り下がっているケースも。⑥オゾン層による紫外線の悪影響から保護する目的で「人工雲」により紫外線を遮る方法が採用。青空や星空を見ることができない。⑦美容整形が常識……。

 

[あらすじ] 絶望によって支配しようとする組織に抗して

私立探偵・植野サラのもとには、さまざまな依頼が舞い込みます。①「30年以上前に生き別れになり、世間のあらゆる記憶からも消えてしまっている姉を探してほしい」という依頼、②「夫が寝言で何度も女の名前を呼んでいる。テレパシーで夫も弄んでいるので、調査してほしい」という依頼、③食欲を減退させ、餓死をもたらす危険なドラッグの正体を探してほしいという、特捜刑事からの依頼など。調査の過程で、サラにも魔の手が伸びてきます。やがてサラは、絶望によって支配しようとする組織に抵抗する象徴とも言うべき人間に……。