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『新任巡査 上巻』 - ホンネで綴られる巡査の職務と心構え

警察の機能には、行政警察活動(犯罪の予防や治安の維持など)、司法警察活動(すでに起こった犯罪の捜査や犯人逮捕など)、公安警察活動(反政府活動・暴動の調査や警戒、防諜など)の三つがあると言われています。なかでも、非日常的な驚きの要素がたくさん加わる犯罪や事件は、マスコミで報道されることも多く、しばしば小説の素材としても取り上げられます。「警察小説」が一大ジャンルとして定着しているのも、そうした状況と関連しています。しかしながら、警察という組織の特性、業務の実態は、必ずしも広く知られているわけではありません。むしろ、国家の治安や社会の安全・秩序を守るという役割・機能の性格上、一般の人には、「秘密のヴェール」に包まれています。そして、必ずしも大事件の捜査に関わることもない「ごく普通の警察官がどんな気持ちで、どのような仕事をしているのか」に関しても、人々の情報量は非常に限られているという印象があります。今回は、そうした実情を念頭におき、交番を舞台にした「警察官のお仕事小説」を三回に分けて紹介します。なお、今回のテーマと関連し、2020年7月21日~7月30日には「警察官」、2023年6月22日~6月27日には「警察学校」というテーマで作品紹介を行っていることを付記しておきます

 

「交番を扱った作品」の第一弾は、古野まほろ『新任巡査』上巻(新潮文庫、2016年)。愛予県という架空県の小規模警察が舞台。警察本部は「本社」、警察署は「支店」という組織図が印象的! 「警察のこと、警官のことを、心底知ってほしい」、そのためにも、「できる限りわかりやすく、また読む人が楽しみを感じるように伝えていきたい」という思いに基づいて書かれた、元警察官による力作です。警察学校を卒業し、交番勤務をスタートさせる二人の新米巡査を登場させることで、読者に対して「どんな業務をどのような気持ちで行うのか」「組織として、先輩から後輩にどのように伝えていくのか」のディテールが浮き彫りにされています。上原頼音を軸にした「ライトの章」(上巻)と内田希を軸にした「アキラの章」(下巻)で、やや趣が異なるので、二回に分けて取り上げます。

 

[おもしろさ] 「背中を見ろ」ではなく、ちゃんと言葉で説明を

どんな仕事であれ、初めて業務に携わるとき、わからないことだらけなのは、当たり前のこと。ましてや、ちょっと間違えれば、暴言を吐かれたり、暴力を振る舞われたり、場合によっては死に至るような危険にさえ直面したりするのが警察官の宿命です。そこで、新米巡査を受け入れることになった交番勤務の先輩・上司たちは、年代や個人による違いがあるものの、後輩を育てるべく総じて入念に、かつ具体的に指導・アドバイスを行います。が、それらの範囲は非常に広く、しかも事細かい。伝えたいことがすべて新米に伝わるわけでもなし。「背中を見ろ、盗め」と言って、言葉にすることを怠ってきた古い世代のなかには、言葉にすることが苦手な人が多い。当然、意思疎通がうまくいかず、コミュニケーションが滞る。新米巡査の戸惑いや不安感は、半端なものではない。本書の読みどころは、ライトの困惑、葛藤、感謝などが複雑に交じりあった心の内を浮き彫りにしつつ、先輩巡査たちとの間で、徐々にこころの交流を深めていくプロセスの描写にあります。

 

[あらすじ] 交番勤務(初出動、朝会、立番、職務質問)のリアル

警察学校の大卒採用の短期課程(6ケ月)に入校(第169期)した上原頼音。課程修了後は、3ケ月間、交番での職場実習と、初任補修科(2ケ月の再入校)を経て、晴れて「巡査デビュ」となることになっています。ある日、教官・艫利秀暁(ともとし ひであき)警部が「卒業配置の心構え」のコマに講師として招聘したのは、愛予県警察本部警備部公安課長の飛鳥真警視。警視と言えば、警察署長と同格の人物です。普通、巡査から始める警察官人生を、いきなり「警部補」からスタートを切る「キャリア」です。飛鳥警視の意向で、講義形式ではなく、すべて質疑応答で進められました。「無礼講なので、どんな質問をしてもかまわない」と言うような講師は、これまでは皆無。沈黙が続くかと思いきや、意外にもたくさんの手が挙がります。「ホンネの質問とオンネの答え」が展開。そのやり取り自体、おもしろく、のちに経験することになる交番勤務のキホン、巡査の職務や心構えから、警察の特性・暗部(階級社会、メンツ、外聞、沽券)などにも言及されていきます。時折、爆笑さえ伴った、まさに「良質のガイダンス」と言わざるを得ません。ディテールのなかに、「読者にわかりやすく解説したい」というメッセージが込められています。そうした手法は、そのあとの交番勤務(初出動、朝会、立番、巡回連絡)や生活事情(独身寮、服装、食事)に関する説明においてもなされていることを忘れずに記しておきましょう。そして、飛鳥警視と艫利警部の話し合いで、愛予署に卒配される新任巡査は、卒業次席の内田希と、なぜか上原頼音の二人に決定されます。壮大な物語の伏線でもあるのですが、ライトは、愛予駅前の東口交番、アキラは西口交番で働くことに。こうして、駅前東口交番で、先輩たちの指導のもと、ライトの巡査としての勤務がスタートします。