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『いずみ野ガーデンデザイナーズ』 - 仕事に行き詰ったデザイナーの再生物語

「デザイナーを扱った作品」の第二弾は、蒼井湊都『いずみ野ガーデンデザイナーズ ワケあり女子のリスタート』(光文社文庫、2019年)。東京でガーデンデザイナーとして働いていた丸井咲和29歳。左遷されそうになって、なにもかもが嫌に。父が倒れたことを口実に逃げ出してしまい、富山県にある社員十名ほどの小さな造園会社を継ぐことになります。仕事に行き詰ったガーデンデザイナーの再生物語。彼女の心の動き、ガーデンデザイナーのお仕事、「新しいデザインを考えるときの苦悩」と「ひらめいたときの喜び」などが浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] 過信と勘違いに気づくことが次なる飛躍への助走! 

「咲和がガーデンデナイナーになったきっかけは、花じゃなくて絵でした。絵を描くことが好きだから、美大に行くことを考えたこともあったんです。でも絵を描くうち、キャンパスやスケッチに描くより、現実の空間を作りたくなりました。ただ花にあふれた庭が作りたかったんです」。最初はそれだけでよかった。それだけでがむしゃらになれたから。「新卒で入った会社でアシスタントからデザイナーになるために一生懸命になって、ただ目の前の仕事をひたすらこなして、やっとデザイナーになれて、案件は次々変わっていきますが、一つの会社しか知りませんでしたから、それでなんとかなっていたんです。会社のカラーやノウハウを、自分のものだと勘違いしてました。会社の中で仕事が回せるようになって、それを自分がガーデンデザイナーとして成長したのだと過信していた」。一言で表現すれば、「会社の看板で仕事をしていたことを自分の実力と誤解していた」ということでしょうか。本書は、咲和がそのような形で自分自身の過信・勘違いを認めるようになるまでのプロセスをフォローするとともに、それを否定するのではなく、これまでに得たことを活かすことで、次なる飛躍に向けての本格的な助走を始めていけるということに気づかせてくれる作品なのです。

 

[あらすじ] 息苦しさ・無力感・自己嫌悪に苦しむ様子を吐露

東京の会社で、ガーデンデザイナーとして勤めていた丸井咲和。洋風庭園のデザインのみを専門にしていたので、現場で作業することはありませんでした。父義男が倒れたのをきっかけに、富山県射水市にある実家の「はなまる造園」を継いだものの、仕事の多くは和風庭園だけに、デザイナーとしての仕事は皆無。「庭師見習い」的な仕事に関わって3ケ月が経過しましたが、東京育ちなので、依然として雪国の勝手がわかりません。不注意が原因で怪我をしそうになった彼女に対し、年下の社員・花井涼太20歳からは容赦のない怒鳴り声が飛ばされます。ある日、湊原小学校の花壇デザインに協力してほしいとの依頼が舞い込みます。やっとガーデンデザイナーとしての自分の個性を生かせると意気込んだものの、話を聞いてみると、児童たちにデザインを描いてもらって、校内コンクールを行い、毎年最優秀賞のデザインを選ぶというもの。肩透かしを食らった気持ちになった咲和。が、その仕事を通して、教員の朝倉正孝35歳と話すようになります。彼は、近所の寺を独りで切り盛りする住職でもあります。その朝倉に、息苦しさ・無力感・自己嫌悪に苦しんでいる様子を聞いてもらったことで、咲和は、前向きに取り組もうと決意を新たにしたのです。こうして、小学校での花壇づくりの仕事も、彼女のデザイナーとしての感覚を磨く機会になっていったのです。