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『ちょっと今から仕事やめてくる』 - 心身ともに潰れそうになったとき

ブラック企業を扱った作品」の第三弾は、北川恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』(メディアワークス文庫、2015年)。心身ともに疲れ果てていたにもかかわらず、「辞める」と言う勇気もない青山隆。線路に飛び込もうとしたところを「ヤマモト」という、「謎の男」に助けられます。ブラック企業で働いている人たちの辛さ、突きつけられた苦悩からの脱出のきっかけがよくわかる作品です。辛いのは、本人のみならず、大切に思ってくれる周りの人間もまたそれを共有しているという指摘も! 第21回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞」受賞作。2017年5月27日公開の映画『ちょっと今から仕事やめてくる』(監督:成島出さん、主演:福士蒼汰さん、出演:工藤阿須加さん)の原作。

 

[おもしろさ] 赤裸々に綴られた心情描写が読者に直撃する! 

青山隆とは、いかなる人物なのでしょうか。まずは大学時代。「自分のことを社交的だと思っていたし、社会に出てもなんとなく上手くやっていける自信があった……。人間関係に深刻な不安を抱いたこともない。鬱なんて、自分とは無縁の世界だと思っていた」。次に就活時代。「サラリーマンに憧れなどなかった。だが、熱を上げるようなやりたいこともなく、いつの間にか周りと同じように、就職活動にいそしんでいた。自慢じゃないが、そこそこ名の通る大学をストレートで卒業した。それでも簡単に内定のもらえないこのご時世。とにかく手当たり次第に面接を受けまくった……。プライドだけは山より高い……。今、俺が勤める会社は名高い一流企業ではない。中堅の印刷関係の企業だ。しかし、ことごとく希望の企業の面接に落ちまくった俺にとって、この会社からの内定をもらえた時は、正直かなり嬉しかった。この会社の役に立ってやろう。利益を上げて、俺を落とした企業を見返してやろう。意気込んで入社し、がむしゃらに努力した。あの頃はまだ、少しの夢と、希望と、やる気があった」。そして入社後の現在。いつからか笑わなくなった。「時間をひたすら消化していく毎日。どんなに頑張っても給料は横這い。しかし、成績が上がらなければ当然、上司にどやされる。サービスという名の残業ばかりが増えていく。土曜出勤は当たり前……。俺だって辞めたいよ……。説明会ではいいいことばかり言いやがって。何が頑張っただけ稼げるシステムだよ。何が、実力を正しく評価する環境だよ。今すぐ辞めてやりたいよ。でも入社半年足らずで、辞められるわけがないんだよ……。今月はもう、二週間ぶっ通しで働いている。こうなってくると眠いんだか、腹が減ってるんだか、わかりゃしない……。体調はずっと最悪だ。くたくたになってようやく家に辿り着いても、数時間後にはまた、会社にむかう電車に揺られている。そんな現実に押し潰されそうになる」。

 

[あらすじ] 線路に落ちる隆の身体と心を救ったのは? 

疲労困憊。ホームの電光掲示板には、家に向かう電車が表示。「やっと帰れる。大きな溜め息をついたその時、スーツのポケットがブルルルルと振動した。マジかよ。眩暈がした。くそ上司が……。すべてが面倒くさい。……このまま気を失ったら、ホームに落ちるんだろうか。そうしたら、明日、会社に行かなくても済むかな」。「落ちる」。そう覚悟した瞬間、俺の身体は凄い力でグイッと引き戻された。「久しぶりやな! 俺や、ヤマモト!」「小学校以来か。でもすぐわかったで」。こうして、青山隆と謎に満ちたヤマモトとの交流が始まりました。ネクタイの色を少し明るく。髪を切って耳とおでこを出せ。自分で思うスピードの五割増しでゆっくり話せ。いろいろ具体的なアドバイスをしてくれるヤマモト。「お前の人生は、半分はお前のため」、あとの半分は「お前を大切に思ってくれてる人のため」。同級生を自称する「ヤマモト」との交流を通して、隆は、自分の生きる道を見出していくようになります。