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『談合』 - 政治的謀略と比べれば、「談合会議の駆け引きなどはかわいいものだ」

国や地方自治体などが発注する公共事業。通常、業者の選定は「入札」によって行われます。しかし、その入札が実際にはきわめて形式的な「儀式」になっている場合があります。あらかじめ関係する業者間で「談合」が行われているからです。マスコミや世論の非難にもかかわらず、なかなか根絶できずにいます。長きにわたって日本的な商取引慣行として定着していた感があります。談合になると、業者の間での自由な競争は排除され、不当な利益を得る業者が出てくるため、刑法や独占禁止法などで、それは禁止されています。ところが、令和に入っても、依然として、談合の摘発がニュースになります。今回は、昭和の談合を扱った古典的作品を二つ紹介します。

「談合を扱った作品」の第一弾は、広瀬仁紀『談合』(角川文庫、1982年)。大型の公共事業ともなると、政治家の利権と結びついた業者が選定される場合が多く、工事費を水増しして政治献金を捻出するケースもまれではないようです。本書では、建設業界における政界との癒着・談合の世界が描かれています。具体的には、前橋・新潟間の常越高速自動車道の建設をめぐる建設・土木業界内での激しい闘いと、それに関連し、次期総裁選で勝利するための「軍資金」を得ようとする大物政治家同士のつばぜり合いが浮き彫りにされています。トップを狙う政治家たちの謀略と比べると、「談合会議の駆け引きなどはかわいいものだ」ということがよくわかるでしょう! 

 

[おもしろさ] 権力抗争 + 談合 + 政治献金の生み出し方

本書の特色は、高速自動車道の建設を軸に、①それが建設・土木業界および政界におけるドロドロの権力抗争が絡み合いながら進展すること、②「研究会」(談合会議の別称)のやり方、③正規の政治献金のみを総務部の帳簿に残し、代議士たちのパーティー券の購入を「使途不明金」にする形で、実質上の「政治献金」を生み出す方法などを描き出している点にあります。また、落札者を決めた上での形式的な入札者の構成を意味する「メンバー・セット」、表向きは共同企業体であるが、一社だけが工事を担当して他社には一定率の利益の配分を行う「ペーパー・ジョイント」、真剣勝負の入札を意味する「たたき合い」、談合破りを行う会社を意味する「潜航艇」などの業界用語がわかりやすく解説されています。

 

[あらすじ] 政界と建築・土木業界との「持ちつ持たれつの関係」

公共事業の配分に睨みを利かせ、権力を楯に、特定の企業に決まるように圧力をかけて受注させたうえ、そこから莫大な政治資金を集めてきた田坂渡元総理。国のトップと癒着して業界に君臨し、利益を公平に配分することで、業界の秩序を保とうとしてきた大手建設会社・山水建設の前会長、日本土木建設協議会会長を務めた半井恭之助。二人の間に存在した密接な利害紐帯が、両者の死去に伴って崩壊。それにより、新しい覇者の座をめぐる闘いが開始されます。関東建設の持田裕幸副社長は、建設大臣の久光順造と組み、日本土木建設協議会会長に就任し、常越高速自動車道の受注作戦を有利に進めます。が、最後に政治家たちの謀略による大ドンデン返しが待ち受けていたのです。