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『みかづき』 - 学ぶ喜びを知らない子どもたちを照らし続けた学習塾の教師と経営者

「ドラマの原作本」の第六弾は、森 絵都『みかづき』(集英社文庫、2018年)。まだ世の中で知られていない頃に学習塾を立ち上げ、時代の流れに乗って急成長させた大島吾郎と大島千明の苦難の物語です。そして、2019年1月26日スタートのNHK土曜ドラマみかづき』(全5回)の原作本なのです。まさに放映中のドラマ。吾郎を演じた高橋一生さんと千明を演じた永作博美さんの好演技を、固唾を飲んで見ています。2月23日の最終回の展開はどうなるのでしょうか。楽しみですね。

 

[おもしろさ] 吾郎の教育実践のユニークさと千明の経営感覚

この本の魅力は、子どもの勉強の世界に引き込むための独特の指導方法と考え方が物語の展開の中で具体的に示されている点です。彼の指導方法とは、基本的に「一人一人に手作りのプリントを与えて自習をさせ、こまったときにのみ助け船を出す」というもの。「あれこれといっぺんにつめこむ必要もない。まずは神経を鎮め、考える力のすべてを目の前の一問へそそぐこと。その一歩さえ踏み出すことができれば、多くの子はおのずから歩みだす。吸収力に富んだ彼らはいったん集中のこつをつかむとすぐに化け」ていく。「わからないこと、ふしぎなことは『知の種』だ。なぜだろうと首をひねった瞬間、彼らの中には知的好奇心の芽がのびる。子どもを勉強に親しませる最善の道は、その芽を大事に育ててやること」。そのように考える吾郎の心には、子どもたちが潜在的に持っている力というものに対する確信のようなものがあったのです。ただ、そうはいっても、学習塾をビジネスとして展開するには、吾郎のやり方だけでは完結しない面があったことも、また事実。そこを補完したのが、千明の経営感覚だったのです。吾郎の教育実践と千明の経営感覚がどのように交差し、補完しあうのかを読み込んでいくと、この本の魅力を発見することになるのではないでしょうか。

 

[あらすじ] ある学習塾が生き抜いた半世紀の星霜

昭和36年、千葉県習志野市の小学校の用務員室で放課後に20人ぐらいの子どもたちに勉強を教えていた大島吾郎。勉強の嫌いな子は、集中力がなく、瞳に落ち着きがないという「瞳の法則」を見出して以来、吾郎は、彼らの視線を一点に据えさせることに腐心していました。やがて、妻となる千明と一緒に八千代塾を開設。時代が学習塾を求めていたことで、急成長します。時が流れ、塾が当たり前のものになり、塾同士の競争が激化すると、今度は、復習・補習を中心に行う補習塾なのか、受験を念頭に置いた指導に力点を置く進学塾なのかという、路線の違いが鮮明に。前者を主張する吾郎と後者を主張する千明の間に大きな溝ができていきます。二人がそれぞれに追い求める学習塾の行方とは、どのようになっていくのでしょうか? 

 

みかづき (集英社文庫)

みかづき (集英社文庫)