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『これより良い物件はございません!』 - 都内での物件探しに役立ちます! 

「不動産会社を扱った作品」の第四弾は、三沢ケイ『これより良い物件はございません!東京広尾・イマディール不動産の営業日誌』(宝島社文庫、2020年)。不動産会社の業務、そこで働く人たちの悩みと楽しみ、最近のマンション事情が紹介されていて、都内で部屋・住宅探しをしている人にも、大いに参考にできる作品です。一口に不動産屋と言っても、いろいろなタイプがあります。三浦展『客さま、そのクレームにはお応えできません!』に登場した会社「フレンズホーム不動産」は、もっぱら賃貸住宅の仲介と管理を行っていました。それに対して、本書に出てくる会社「イマディール不動産」は、それに加え、不動産販売・リフォーム・リノベーションを行っているので、業務の幅はより多様です。壁紙を張り替えたり、フローリングを新しくしたりするのはリフォーム。他方、リノベーションは、例えば間取りを大規模に変更し、今風にするとか、客のニーズに合わせた変更を加えることで物件の価値を高めることができるのです。築20~30年の物件でも、リノベーションをすることで、まるで新築のように変わってしまうからです。第7回ネット小説大賞受賞作。

 

[おもしろさ] 理想の部屋・住宅に出会うために知っておくべき点

本書の一番の魅力は、リノベーションを含めた、最近の都内のマンション事情がよくわかる点にあります。例えば、①鍵を持っているだけで自動認識してオートロックが解除されるという「完全ハンズフリー」、風呂や洗面所とは別になった「お洒落なトイレ」、「ウォークインクローゼット」といったマンション自体に関するトレンド、②ブランド力があり、不動産価値が値下がりにしにくい「都心三区」(港区、中央区千代田区)の状況や、築年数についての考え方、最寄り駅から物件までのルート、マンション自体に関わるチェックポイントといった、買う時に不可欠な情報の数々。③入居案内と一緒に手渡される「街探索マップ」の効用やネット上に動画を掲載しての「バーチャル内覧」などの販売促進策にも言及されています。いずれも、理想の部屋・住宅に出会うために知っておくべきことばかりです。

 

[あらすじ] 「与えられた業務を淡々とこなすだけ」からの脱皮

賃貸住宅の仲介を行う、従業員15名の小さな不動産会社に勤務していた藤堂美雪27歳。2年間の同棲生活の末、同僚の三国英二に振られ、プライドを傷つけられた美雪は、当てつけで会社を辞めることに。気分転換にとやってきた高級住宅地・広尾。一軒の不動産屋の前で、一人で住むのにいい部屋がないかと物件情報を眺めていると、「正社員急募」という紙を発見。それが契機となり、イマディール不動産で働くことに。同社は、正社員が10名。前の会社よりも規模が小さくとも、業務の幅はより広かったのです。とりわけ、「お客様の売りたい物件に、その場所とニーズに合ったリノベーションを施して、価値を高めて次のお客様に売る」ことに力を入れています。したがって、仕事の内容にも、より広くて深い工夫と努力が要求されることになります。美雪は、営業チームのエースである桜木寛人の指導のもと、お客様の部屋探しに役立つために懸命に努力します。そして、以前の会社では、お客様のニーズを深く探る努力をしていなかったことや、「毎日与えられた業務を淡々とこなすだけで、自分から何かを変えようと考えることを放棄していたこと」を見出すこととなります。