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『砂の王宮』 - 「流通王」となった男の栄枯盛衰

「スーパーを扱った作品」の第二弾は、楡周平『砂の王宮』(集英社、2015年)です。戦後の闇市のなかから度胸とカンで生き抜き、薬屋からやがてスーパーマーケットの「誠実屋」を創業し、日本有数の「流通王」として君臨することになる塙太吉の生涯が描かれています。ダイエーの創業者である中内功を連想する人が多いことでしょう。

 

[おもしろさ] 塙のおカネと深町のアイデアを両輪に

本書のおもしろさは、戦後史の流れに沿いながら、闇市での薬屋から出発し、やがてスーパーマーケットの「誠実屋」を創業・発展させて、日本を代表する「流通王」に成り上がっていく塙太吉の生き様を、とりわけ成功のきっかけとなった反面、人生最大の危機をもたらせた深町信介(フカシン)との絡みのなかで描いている点にあります。強運の持ち主でもある塙のおカネと、儲けても「酒と女に消えてしまう」深町のアイデアという両輪がうまく回転していたからこそ、同社の発展が実現されたことがよくわかります。また、高齢化に伴う「買い物難民」の問題を解決し、地域の活性化に貢献できるビジネスモデルの提示もなされています。

 

[あらすじ] 「一か所の店舗で買い物が済んでしまう」

物語は、平成22年8月、85歳になった塙太吉の描写から始まります。4年前に誠実屋ホールディングス社長の座に長男を、ホテル運営会社の社長に次男を据え、会長に退きはしたものの、代表取締役としての実権は掌握。偶然見たテレビで、41年前に赤坂のホテルで発見された深町信介に関するニュース映像に遭遇。成功への道を共に歩んできた男の死の真相については、しらを切りとおすしかなかった塙。過去の記憶がよみがえってきたのです。戦時中、九死に一生を得た塙太吉は、神戸三宮の闇市で薬屋を営んでいました。昭和22年4月の京都ホテル。「進駐軍連中が欲しがるものを仕入れ、その見返りとして軍の物資を横流しして貰っている」ブローカー(便利屋)の深町信介(元商社マン)との運命的な出会い。「闇商売がまかり通るような時代は長くは続かない。いまのうちから表に出られる準備」をするべきだと指摘されます。薬の販路を全国の闇市に拡大し、商品をツケで販売し、得た資金で、薬局「誠心薬局」を開業。そして始めたのが、薬の安売りです。製薬会社の生産能力が格段に向上している。小売店には薬の「定価販売」を押し付ける一方で、量を捌ける問屋を確保するために、製薬会社が問屋への割り戻しを図っている。そのために問屋には大量の余剰在庫が発生している。そうした事情を勘案してのことだったのです。製薬会社とのバトルを引き起こした安売りを通じて、塙は、消費者の求めているものを探求していきます。そして、新婚旅行の途中で立ち寄った、八幡製鉄がやっている購買部で、「客が勝手に商品を選び、纏めて勘定を支払う仕組み」と「一か所の店舗で買い物が済んでしまう」ことを発見。このようにして行き着いたのが、スーパーマーケットだったのです。それは、「商店街をそのままひとつの店舗に押し込めたもの」でした。1957年、門真においてスーパーマーケット「誠実屋」を開業。「奇跡とも呼べる大躍進」を遂げます。その後、チェーン化の推進、メーカーからの直納製品の開発、格安牛肉の取り扱いなどを実施することで、業績は伸長。しかし、東京進出を図るなかで生じた、毒を孕んだ人物の謀略に苦しむことになります。しかも、付け入られる原因を作った深町が突然刺殺されたことで、塙は絶体絶命の危機に。

 

砂の王宮 (集英社文庫)

砂の王宮 (集英社文庫)

  • 作者:楡 周平
  • 発売日: 2018/03/20
  • メディア: 文庫