経済小説イチケンブログ

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『風雲に乘る』 - 信用販売会社の勃興

2023年、最初に取り上げた作家は、城山三郎でした。彼は、実在した経営者をモデルにした経済小説をたくさん書いています。今回は、そのなかでも「企業の祖業」を扱った作品を二つ紹介したいと思います。ひとつは、信販会社の老舗で最大手の日本信販(1951年創設)の創業者・山田光成をモデルにした『風雲に乘る』。もうひとつは、日本ツーリスト(1948年創設。1955年に近畿交通社と合併して近畿日本ツーリストになる)の創業者・馬場勇をモデルにした『臨3311に乘れ』です。二つの作品から浮かび上がるのは、創業時に立ちはだかる高い壁と、それを打破していこうとする強い「信念・覚悟」です。このブログをご覧いただいているあなたが今年、「兎」の如き飛翔するヒントが隠されているかもしれません。

「祖業を扱った作品」の第一弾は、城山三郎『風雲に乘る』(角川文庫、1972年)。1951年に日本信販を立ち上げた山田光成がモデル。わが国における信販会社の創設物語です。商品の代金立て替えなどを行う信販会社の業務をあらわすのに、「月賦」という言葉が使われます。いまでは多くの人がイメージできるその言葉。1950年前後においては、まだラムネを飲んだときに出る「ゲップ」と間違われることもありえたのです。信販会社に対する人々の無理解も相当なものだったと推測できるのではないでしょうか? 

 

[おもしろさ] 戦前・戦後生き抜いた人たちの「人生の哀歓」

本書の魅力は、信販会社の創業に関わる「はじめて」に挑戦する鯛公介が出くわす困難の数々と周りの偏見、そしてそれを克服してバイタリティが描写されている点にあります。難関をクリアし、自らを「風雲児」と思い込む公介の心意気・豪傑ぶりとは、どのようなものなのか? また、戦前から戦後にかけての時代を生き抜いた人々が醸し出す「人生の哀歓」、その時代の「荒々しさ」や「おおらかさ」にも触れることができる作品でもあります。

 

[あらすじ] 「まとまったお金がない。だが、分割なら払える」

旅館の子供として生まれた鯛公介。しかし、火災に遭遇。父親の公之進の死後、幼い公介を抱えた母のミヤは、まだ旅館らしきものがほとんどなかった飛騨の下呂でささやかな旅館を始めます。何度も奈落の底に転落するような試練に遭遇。太平洋戦争中、赤紙が来て、南方戦線にかり出された公介。負傷するものの、九死に一生を経て帰国。戦争直後の混乱が一段落すると、商店やデパートには多くの商品が並ぶようになります。一方、人々には、買いたい物があっても、お金がありません。借りたいと思っても、高利貸し以外貸してくれるところもなかったのです。そこで、公介は、大衆のための信用販売をめざし、名古屋で「中部百貨サービス会社」を興します。ところが、事は簡単には進展しません。信販に対する人々の無理解と偏見は、想像以上に深かったのです。と同時に「物は欲しいが、まとまったお金がない。だが、分割なら払える」という人々もまた、非常に多かったのです。やがて公介の心に「大衆は信用できる」という考えが根づいていきます。困難の末、政治家や百貨店をも巻き込み、東京で日本消費者信用株式会社を設立。徐々に経営環境を整備していこうと奮闘します。