「証券会社を扱った作品」の第二弾は、城山三郎『百戦百勝 働き一両・考え五両』(角川文庫、1979年)です。「山種証券」の創始者で、「相場の神様」と言われた山崎種二がモデル。寒村の貧しい農家で生まれ、東京の米問屋の小僧として働くようになる主人公の春山豆二が、「知恵」を働かせつつも、血みどろの苦労をしながら、相場を成功させていく「サクセス・ストーリー」。戦前の米相場や株式相場の「実態」、そこで活躍する「相場師」たちの「有為転変」、関東大震災や二・二六事件など、実際の出来事を同時代の人はどのように受け止めたのかがよくわかります。
「ほどほどのもうけを着実に積み重ねていく」
本書の魅力は、独自の「投資哲学」を貫いた春山豆二の生き様の描写に凝縮されています。その考え方とは、一本調子の相場師が跋扈するなか、「働き一両、考え五両」(体だけ動かすなら、一両にしかならないが、頭を使って働けば五両にある)、「イチかバチか式の一発勝負」ではなく、「ほどほどのもうけを、一勝一勝と着実に積み重ねていく」など、現在でも十分に通用する考え方を忠実に実践して、「百戦百勝」を狙っていくというものでした。また、若い時代に遭遇し、その後50年間にわたって労苦を分かち合うことになる「お安」との「友情・愛情・ビジネスの三要素が複雑に入り混じった不思議な関係」、「高嶺の花」と思っていたものの、妻にすることができた冬子の「さまざまなお願い事」が、物語の進行に鮮やかな彩を与えています。
[あらすじ] 「買いの相場師」と対決した「売りの豆二」
越後と上州の国境に近い寒村の貧しい農家で生まれた春山豆二。東京の米問屋の小僧として働くようになると、「知恵」を働かせ、血みどろの苦労をしながらも、相場を成功させていきます。彼が旺盛な好奇心とあらゆる階層の人々との付き合いのなかから得られる「耳学問」・情報によって、戦略を考えたからです。歴史上、相場師と持てはやされた「英雄たち」の多くは買い方でした。「やり口も派手なら、生活も派手。そして、人気も派手であった」。それに対して、豆二の方はほとんど売り一方。「売り方の大将」だったのです。