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『社長の条件』 - 好人物の社長でさえ、「落とし穴」に遭遇する

「社長を扱った作品」の第三弾は、タマヤ学校VIP4・第7班(田山敏雄監修)『社長の条件』(経済界、2006年)。行動力あり、バイタリティーあり、性格も明るく、人にも好かれる好人物の高畑博。若くして社長になった彼を待ち受けていたのは、「落とし穴」でした。箱根駅伝の世界も垣間見ることができます。「タマヤ学校」(ビジネススクール)研修プログラムの研修生によって書かれた作品。

 

[おもしろさ] 周りの人間の的確なアドバイスが……

「正義感に燃え、真摯にいまを生きる傍ら、その対極では心の中は常に揺れ、不安と焦燥感に駆られ、安易に楽な道を選ぼうとする、弱く、だらしなく、自分勝手な人間」。この本で出会う主人公であり、われわれひとりひとりでもあるのです。ところで、社長に求められる条件としてしばしば指摘される言葉に「リーダーシップ」があります。組織を引っ張るにはとても重要な条件のひとつと言えるでしょう。でも、周りの意見などお構いなく、やりすぎてしまうと、「ワンマン」「独裁」という言葉を浴びせられることに。そんなとき、参謀格のだれかがちょっとひとことアドバイスをしたり、言葉を選んで意見を言ったりするようなことがあれば、当の社長も、どれだけ救われることでしょう! 本書の魅力は、人にも好かれる前向きな青年でさえ、陥りかねない「落とし穴」とはいかなるものか、そこから脱却するには、なにが必要なのかを示している点にあります。

 

[あらすじ] 箱根駅伝が培った「たすきをつなぐ」大切さ

東京都江東区で地元密着の丁寧・親切がモットーの工務店を経営する高畑義男。長男の博が中学校に上がる前、一家で宮ノ下地点の旅館に宿泊しました。箱根駅伝を見るためです。疲れ切り、うずくまった東洋文化大学の選手が監督の励ましで再び走り始めるというシーンを目の前で見た博。「いいようもない感動が身体を包み込んだ」のです。そんな博に、義男は「たすきをつなぐことの大切さ」を諭します。そのときから、東洋文化大学に入り、箱根駅伝で走ることが博の「目標」になりました。やがて目標通り、東洋文化大学に入学。そして、陸上競技部の合宿所で最初に出会ったのが、同室となる、二つ上の先輩・杉浦秀人でした。念願の同大学の陸上部に入部したとはいえ、博は、最も低いレベルに組み入れられました。かつてはエリートランナーとしてもてはやされた杉浦は、期待にこたえられず、伸び悩みの状態にいました。しかし、同室になった高畑のひたむきさに感銘した彼は、再び実力を伸ばし始めます。やがて、杉浦と高畑は、先輩・後輩の垣根を越え、互いを信頼し、なんでも話せる無二の親友、真の兄弟のような関係に。努力の甲斐もあり、「二人で箱根駅伝に出場する」のも夢ではなく、実現するかもしれないと思えるほど、力をつけ始めていました。ところが、53歳の父親が脳こうそくで倒れ、博は若くして社長の座に就くことになります。全力で社長業に取り組み、仕事の段取りを覚え始めると、「悪い兆候」が出るようになってきます。「なんだ、簡単じゃないか。俺でも容易にできるじゃないか」!さらに父の掲げた経営方針にも疑問を抱き始め、社員たちには限界まで働かせ、思い切りお金を稼ごうと考えるにいたったのです。ちょうどバブルに近づきつつあった頃のことです。片腕となるスタッフとして目をつけたのがあの杉浦でした。断られるのを覚悟して打診してみると、杉浦の返事は意外にもOKでした。真面目で頑張り屋の杉浦は、入社した途端、社員から高い評価を。5年後、会社としては急成長。ところが、個人の成績が重視されるようになると、会社に対するロイヤリティはみるみる低下。問題が発生しても、会社全体で対応しようと思わなくなっていました。杉浦の周りには、いつも彼を慕う後輩たちが。それに反して、社長を慕う社員はほとんどだれもいなくなっていたのです……。